近年、働く人々の心の健康、すなわちメンタルヘルスへの関心が高まっています。
企業にとって、従業員が心身ともに健康で、その能力を最大限に発揮できる環境を整えることは、もはや単なる福利厚生ではなく、持続的な成長を支える経営戦略そのものです。
本記事では、その鍵となる「メンタルヘルスマネジメント」について、基本的な知識から具体的な取り組み、さらには関連資格までを網羅的に解説します。
メンタルヘルスマネジメントの基本を解説
メンタルヘルスマネジメントは、従業員の心の健康を守り、活気ある職場を実現するための重要な取り組みです。まずは、その定義や重要性、そして企業が実践すべきケアの基本について理解を深めましょう。
メンタルヘルスマネジメントとは?
メンタルヘルスマネジメントとは、働く人々が精神的に健康な状態で業務に取り組めるよう、企業が組織的に心の健康問題に対処し、支援することを指します。
具体的には、ストレスチェックの実施や職場環境の改善、従業員への教育、相談窓口の設置など、予防から事後対応までを含む多岐にわたる活動が含まれます。
なぜ今、重要視されているのか?
現代社会は変化が激しく、業務の複雑化や人間関係など、働く人々を取り巻くストレス要因は増加傾向にあります。
心の不調による休職者や離職者の増加は、個人の問題だけでなく、企業にとっても生産性の低下や人材流出といった大きな損失につながります。
また、2015年からは従業員50人以上の事業場でストレスチェックが義務化されるなど、国としても企業のメンタルヘルス対策を法的に後押ししており、その重要性はますます高まっています。
参考:改正労働安全衛生法に基づく「ストレスチェック制度」の具体的な運用方法を定めた省令、告示、指針を公表します|厚生労働省
企業が取り組むべき4つのケア
厚生労働省が示す「労働者の心の健康の保持増進のための指針」では、企業が取り組むべきメンタルヘルスケアとして、以下の4つが挙げられています。
これらを継続的かつ計画的に行うことが、効果的なメンタルヘルスマネジメントの鍵となります。
| ケアの種類 | 対象者 | 主な役割 |
| セルフケア | 従業員本人 | ストレスへの気づきと対処 |
| ラインによるケア | 管理監督者(上司) | 職場環境の改善、部下からの相談対応 |
| 事業場内産業保健スタッフ等によるケア | 産業医、保健師、人事労務担当者など | 専門的なケアの提供、体制構築の支援 |
| 事業場外資源によるケア | 外部の専門機関(EAPなど) | 専門的な相談対応、企業へのコンサルティング |
参考:厚生労働省「職場における心の健康づくり」
企業がメンタルヘルスマネジメントに取り組むメリット
メンタルヘルスマネジメントへの投資は、従業員のためだけでなく、企業経営にも多くのプラスの効果をもたらします。ここでは、代表的な3つのメリットについて解説します。
生産性の向上
従業員が精神的に健康であれば、仕事への集中力や意欲が高まり、個々のパフォーマンスが向上します。
これにより、チームや組織全体の生産性が向上し、企業の業績アップにも繋がります。心の健康は、創造性や質の高い意思決定の基盤となるのです。
離職率の低下と人材定着
働きやすい職場環境は、従業員のエンゲージメントを高め、離職率の低下に大きく貢献します。
特に、優秀な人材ほど自身のキャリアや働きがいを重視する傾向にあるため、メンタルヘルスへの配慮は人材確保の観点からも不可欠です。従業員を大切にする企業文化は、結果として企業の競争力を高めます。
企業のリスクマネジメント強化
従業員のメンタルヘルス不調が原因で労災や訴訟に発展するケースも少なくありません。企業には、従業員が安全かつ健康に働けるよう配慮する「安全配慮義務」があります。
メンタルヘルスマネジメントに組織的に取り組むことは、こうした法的リスクを未然に防ぎ、企業のブランドイメージを守ることにも繋がるのです。
メンタルヘルスマネジメント推進の具体的な手順
効果的なメンタルヘルスマネジメントを実現するためには、計画的かつ段階的に取り組みを進めることが重要です。ここでは、具体的な推進手順を4つのステップに分けて解説します。
方針の表明と体制の整備
まず、経営トップがメンタルヘルス対策に積極的に取り組む姿勢を社内外に明確に示すことが重要です。
その上で、人事労務部門や産業医、各部署の管理職などが連携し、全社的な推進体制を構築します。
誰が、何を、どのように進めるのか、役割分担を明確にすることが成功の第一歩です。
従業員への教育・情報提供
全従業員を対象に、メンタルヘルスに関する正しい知識を学ぶための研修や情報提供を行います。
自身のストレスに気づき対処するための「セルフケア」、部下の変化に気づき対応するための「ラインケア」など、それぞれの立場に応じた内容を盛り込むことが効果的です。
職場環境の把握と改善
ストレスチェックやアンケートなどを活用し、職場にどのようなストレス要因が存在するのかを客観的に把握します。
長時間労働、業務負荷の偏り、コミュニケーション不足など、課題が明らかになった場合は、具体的な改善策を計画し、実行に移します。このプロセスを継続的に繰り返すことが、働きやすい環境づくりに繋がります。
| 把握・改善のステップ | 具体的なアクション例 |
| 1.問題点の把握 | ストレスチェック、従業員サーベイ、ヒアリングの実施 |
| 2.分析と課題特定 | 部署ごと、年代ごとの傾向分析、原因の深掘り |
| 3.改善計画の策定 | 業務プロセスの見直し、コミュニケーション施策の企画 |
| 4.実行と効果検証 | 計画の実行、定期的な効果測定と見直し |
相談体制の構築と適切な対応
従業員が気軽に相談できる窓口を社内外に設置することが不可欠です。プライバシーが守られる環境で、専門知識を持つ担当者が対応する体制を整えましょう。
また、相談があった際には、本人、上司、人事、産業医などが連携し、休職や職場復帰支援など、個々の状況に応じた適切なサポートを提供します。
メンタルヘルスマネジメント検定で知識を深める
メンタルヘルスマネジメントを効果的に推進するためには、担当者や管理職が正しい知識を身につけることが不可欠です。そのための有効な手段の一つが「メンタルヘルスマネジメント検定」の取得です。
メンタルヘルスマネジメント検定とは?
大阪商工会議所が主催する、働く人の心の健康管理に関する知識や対処法を習得するための検定試験です。
職場での役割に応じて必要な知識を体系的に学ぶことができ、企業の人材育成や個人のスキルアップに広く活用されています。
役割で選ぶ3つのコース
検定は、対象者別に3つのコースに分かれています。それぞれの立場で求められる知識やスキルを効率的に学ぶことができます。
| コース名 | 主な対象者 | 学習内容 |
| Ⅲ種(セルフケアコース) | 一般社員 | 自身のストレスへの気づきと対処法 |
| Ⅱ種(ラインケアコース) | 管理監督者 | 部下のメンタルヘルスケア、職場環境改善 |
| Ⅰ種(マスターコース) | 人事労務管理スタッフ、経営幹部 | 社内のメンタルヘルス対策の企画・推進 |
資格取得で得られるメリット
検定に合格することで、メンタルヘルスに関する知識を客観的に証明できます。管理職にとっては部下とのコミュニケーションや労務管理に役立ち、人事担当者にとってはより効果的な施策の立案・実行に繋がります。
また、従業員自身がセルフケアの知識を身につけることは、組織全体のレジリエンス(精神的な回復力)向上にも貢献します。
参考:メンタルヘルス・マネジメント検定試験 | 働く人たちの心の健康と活力ある職場づくりのために
企業のメンタルヘルスマネジメント取り組み事例
多くの企業が、独自の工夫を凝らしたメンタルヘルスマネジメントに取り組んでいます。ここでは、先進的な事例として2社の取り組みを紹介します。
ヤフー株式会社の事例
同社では、「グッドコンディション」という考え方のもと、社員が心身ともに最高の状態で業務に臨める環境づくりを推進しています。
代表取締役自らがCCO(Chief Conditioning officer)に就任し、「UPDATEコンディション」を宣言して全社で健康経営を推進しているほか、週1回の1on1ミーティングの徹底やマインドフルネス研修など、多角的なアプローチを実践しています。
参考:ヤフー株式会社(東京都千代田区):職場のメンタルヘルス対策の取組事例|こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト
味の素株式会社の事例
「働き方改革」と「健康経営」を両輪とし、従業員の働きがいと健康を経営の重要課題と位置づけています。
長時間労働の削減に早期から取り組み、本社ビルの消灯時間を段階的に前倒しして現在は19時消灯を実施するなど、働き方改革を推進しました。
また、社内に健康推進センターを設置し、産業医や保健師が常駐して「全員面談」や独自の「メンタルヘルス回復プログラム」を実施するなど、相談しやすい環境を整えています。
参考:~「全員面談」を補強する“健康アドバイスアプリ”を新たに導入~味の素(株)、当社グループの事業を通じて「健康経営」の取り組みを強化「働き方改革」と「健康経営」を両輪に従業員個人と企業の成長の実現へ
まとめ
メンタルヘルスマネジメントは、従業員の心の健康を守るだけでなく、企業の持続的な成長を支える重要な経営基盤です。
本記事で紹介した基本的な考え方や具体的な手順を参考に、自社の状況に合わせた取り組みを一歩ずつ進めていきましょう。従業員一人ひとりが輝ける職場環境の実現が、企業の未来を創ります。