大企業がイノベーションを起こすための鍵は宗教化にあり!?
「宗教化できない大企業は確実に淘汰されていく」そう話すのは、池上彰氏との共著で「宗教を学べば経営がわかる」を出版した経営学者で早稲田大学 大学院経営管理研究科(ビジネススクール)の入山教授。
これからの時代、大企業がイノベーションを継続的に起こし、事業と組織を成長させ続けるには宗教化が欠かせないと言う。前回の「スタートアップの成功は宗教化にあり?非連続な成長を起こし続けるには!?」に引き続き、大企業が宗教化することでなぜイノベーションが起きるのか?ということについてお話を伺いました。
大企業で成長している会社、V字回復した会社は宗教化がうまい
──著書『宗教を学べば経営がわかる』では、ソニーのV字回復の事例をもとに解説がされていますが、大企業でも成長している会社やV字回復できた会社は何が違うのでしょうか?
まさに前回のスタートアップのところでもお話したセンスメイキング(腹落ち)ができている会社だと思います。書籍の中でも紹介していますが、ソニーは一時期低迷していました。そのころの幹部とも話を聞くと「ソニーはエレキの会社だから!」みたいなことを言っているのですが、実際に利益を出しているのは金融事業がほとんどみたいな感じで、社員からすると「ソニーは何を目指し、何を実現する会社なのか」について腹落ちができていない状態になっていました。
平井一夫さんが社長になられて、ソニーはエレキもあるけど、映画もゲームも金融もある。だから全ての事業は共通して「KANDO」を提供する会社なんだ!ってとにかく言い続け、伝え続けたんです。組織全体で感動を届けることへの腹落ち感が醸成され、それによって業績のV字回復の実現に繋がったのだと思います。
(2011年時点、営業赤字4,550 億円 ⇛ 2018年時点、営業黒字7,348 億円)
グローバルでプレゼンスを発揮できている会社はどの会社もこのセンスメイキングに一貫して取り組んでいます。ファスナーのグローバルシェア圧倒的トップのYKKは「善の循環」という理念を掲げられていて、会長の猿丸さんが年間すごい量のグローバルタウンホールミーティングをやるそうです。
そこで現地の社員と「善の循環」に関して侃々諤々議論されるそうなんですね。とにかくそこでトップ自ら語ることによって腹落ち感をつくる。大企業でも成功している会社はそういう泥臭いことを経営者自らやっています。
──大企業では創業者がすでに不在になっている会社も多いですが、そのような会社が宗教化するためにはどうしたらよいのでしょうか?
創業者はある種の教祖なので、教祖中心主義で事業と組織をつくっていくことで宗教化できます。ただ、2代目、3代目と経営者が代わるごとに創業のカルチャーは薄まっていくことになりますから、そこで大事になるのが教祖中心主義から教義中心主義に移行するということです。
キリスト教は聖書に書かれている教義を、イスラム教はコーランという経典をそれぞれ信仰しています。それぞれイエス・キリスト、ムハンマドという教祖はとっくに亡くなっているわけですが、未だに組織として存続しています。
この例でわかりやすいのがリクルートだと思います。リクルートに今入社する社員で「創業者の江副さんにあこがれました!」みたいな方はいないと思います。ですが、リクルートの社員と話すと「お前はどうしたい?」とか「will can must」とか「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」みたいな江副さんが残した教義が今もカルチャーとして根付いています。
そして、そのカルチャーが源となってスタディサプリみたいな新しい事業や起業家を生み出していると言えます。
そして、そのカルチャー醸成や宗教化で大事なことはストーリーを共有することです。
創業期からのエピソード、紆余曲折、どのようにして今の事業が形作られたのか?のような会社のDNAが共有されていると腹落ち感も醸成されます。
宗教化しないと新規事業なんかうまくいきっこない
──大企業が継続的に成長していくためにはイノベーションを起こす必要があると思いますが、そのために宗教化することはどのような意味を持つのでしょうか?
まず、新規事業は宗教化していないとうまくいきようがないです。イノベーションというのは今は世の中にない製品やサービスで社会課題を解決するビジョンやパーパスを示し、ビジネスとして成立させることです。リスクを取って投資を継続し続けるためには「自分たちはこういう社会をつくるんだ!」というその想いを信じ続けなければなりません。
多くの大企業が新規事業に失敗するのは、このリスクを取って信じ続けるというのが足りていないというケースが多いです。なんか思ったより新規事業もうまくいかないし儲からないから投資をやめるか、みたいに諦めてしまうことにあります。
キリスト教も最初はユダヤ教のいち一派というかカルトだったわけですね、それでイエス・キリストが説いた教えを守り布教しているうちにローマ帝国の国教になる。こうなるまでに400年近くかかっているわけですから、新規事業はそもそも辛抱強く信じ続けないとうまくいかないということですね。
──大企業がパーパスやビジョンを策定するものの、策定して終わりになってしまっているということもよく耳にしますが何が足りていないのでしょうか?
経営者が死ぬほど語り続けることでしょうね。ソニーをV字回復した平井さんもグローバルの各拠点に行くたびに「KANDO」って言いまくっていたわけですから。宗教法人の教祖だって同じように説法をたくさんするんです。
現代では動画や社内報などを通じて、ビジョンやパーパスを伝える手段はたくさんあります。大事なことは腹落ちをつくるためにトップ自らが伝え続けることです。
そして役員陣が率先してそのビジョンやパーパスに本気で取り組んでいるということを行動で示す必要があります。現場社員は役員を見ています。同じこと繰り返し言ってくるし、経営陣の行動が変わっているというのを現場社員が目撃したら、本気なんだなということが浸透するということですね。
宗教化できない大企業は若者から選ばれず淘汰される
──宗教化していくことは大企業の採用にとってはどのような影響があるでしょうか?
これからの採用で成功するためには宗教化できないと優秀な人材は集められません。
今の若い世代は終身雇用なんて1mmも信じていません。そして東京の優秀な大学生、特に東大や早慶の学生の就職人気ランキングの1位はランキングに現れないですが”起業”になってきています。
大企業の年収やステータスがもてはやされる時代は終わり、その会社の描く未来像やカルチャーに共感できるか?という視点で選ぶか、将来起業するためにコンサルやベンチャーに行くか、優秀な学生ほどそういう意思決定をするようになってきています。
就職人気ランキング上位の大企業でも20代で半数が辞めるという会社もあります。ですから、今後の優秀な若者を採用するうえでも宗教化は欠かせない要素と言えるでしょう。
なので大企業こそ宗教化に取り組み、優秀な若者を集め、イノベーションを起こしていく、そういった取り組みを始める必要があるでしょう。
■ 髙橋の感想
新卒でダイキン工業に就職した私にとって面白く入山先生のお話をお伺いしました。ダイキン工業は私が入社した2015年は売上2兆円で今は4兆円を突破しています。先日、長くダイキンの経営を担っていた井上会長が退くことが報道されましたが、ダイキンは良い意味で宗教化された組織でありカルチャーの濃い大企業だったと感じます。
入山先生のお話にあるように、大企業がイノベーションを起こすうえでも、若い優秀層を採用するうえでも宗教化は欠かせないと感じました。