日本の組織における従業員エンゲージメントの低さが課題視される中、多くの企業が働き方改革や心理的安全性の向上に取り組んでいます。しかし、依然として「働きがい」を感じられない現場が少なくありません。
今回は、組織開発のプロフェッショナルである田中安人氏をお招きし、日本の組織が抱える課題の根本原因や、令和の時代に求められるマネジメントのあり方についてお話を伺いました。
【対談vol.2】強い組織を作る「3つの条件」とは?心理的安全性・共通目標・リーダーの自己開示がポイントの記事はこちらをご覧ください。

日本のエンゲージメントが低い根本原因とは
髙橋: 本日はよろしくお願いします。早速ですが、日本の組織が抱える低いエンゲージメントの根本原因について伺いたいと思います。働き方改革や心理的安全性といった言葉が広まり、各社が取り組みを進めているにもかかわらず、先進諸国の中で日本の「働きがい」は非常に低い水準にあります。この原因はどこにあるのでしょうか?
田中: 世界的なエンゲージメント指数で日本は132位という数字も出ており、現状はあまり良くありませんね。そもそもエンゲージメントとは「組織の結びつき」のことです。組織の結びつきにおいて最も重要なのは、「組織の行く先」や「ドリーム(夢)」が共有されているかということです。
私の好きなアフリカのことわざに、「早く行きたければ一人で行け、遠くへ行きたければ仲間と行け」というものがあります。組織は「遠くへ行きたい」からこそ仲間を集め、人を採用しているはずです。しかし、肝心の「遠くへ行きたい行き先」が明確に描かれていない企業が多いのです。
「地球を救う」といった大きなパーパスを掲げている企業はありますが、それがあまりにも壮大すぎて、具体的にどの山を登るのか、どうやって登るのかが現場に伝わっていないケースが散見されます。
髙橋: 壮大なビジョンはあるものの、従業員にとっては日々の業務と乖離しすぎているということでしょうか?
田中: そうですね。「山登り」で例えると分かりやすいのですが、社長は「エベレスト」に登ろうとしているのに、部長や課長は「富士山」だと思っていて、新入社員は「高尾山」だと思っている、といったことが起きています。
さらに言えば、目的地がエベレストだとしても、ルートAで行くのか、ルートBで行くのか、あるいは「ヘリコプターで行けばいい」と思っているのか。こうした認識のズレを埋めるための「言語化」が不足しているのです。
マネージャーに必要な「編集能力」
髙橋: 目的地だけでなく、そこへの登り方まで具現化できていないということですね。
田中: はい。よくあるのが、中期経営計画(中計)などの数値目標が目的化してしまうケースです。「売上10億円を達成するぞ」という数字だけが目的になってしまうと、社員は疲弊します。本来、売上は手段であり、その先に「世の中を幸せにする」といった真の目的があるはずです。
トップは「誰かを救う」というビジョンを語っていても、それが現場に降りてくる過程で、部長や課長によって「10億行くぞ」という数字だけの目標に変換されてしまっている。だからこそ、マネジメント層には、トップのビジョンを現場に正しく伝える「編集能力」が必要不可欠なのです。
田中: フェラーリの事例が分かりやすいでしょう。フェラーリは「世界最高のレースに勝つため」に市販車を売っています。市販車の利益でレースをしているのではなく、あくまで目的はレースで勝つこと、そして「世界最速最高のブランドを作ること」です。
この目的が明確だからこそ、手作業(クラフトマンシップ)に価値が生まれ、AI時代においても「メイド・イン・ヒューマン」の価値が高まっています。結果として、売上が約1兆円規模でありながら、時価総額は11兆円を超える評価を得ています。(2025年11月時点)
髙橋: 「レースで勝つ」が先にあるというのは面白いですね。
田中: 経済合理性だけで考えれば「車を売った利益でレースに出る」となりますが、それは手段の目的化です。フェラーリのトップが掲げる「世界最速最高のブランドを作る」というドリームを、マネージャーがいかに従業員に「編集」し、「変換」して伝えられるか。
また、有名な「レンガ職人」の話があります。「何をしているのか」と問われたとき、1人目は「レンガを積んでいる」、2人目は「壁を作っている」、3人目は「歴史に残る壮大な教会を作っている」と答えました。 マネージャーが単に作業を指示すれば、部下は「レンガ積み」になります。しかし、「歴史に残る教会を作るんだ」という目的を共有できていれば、仕事への向き合い方は劇的に変わります。
トップが夢を語り、マネージャーがそれを現場に合わせて翻訳・編集する。これができていないと、現場は「自分は高尾山でいいや」と思ってしまい、エンゲージメントが高まるはずもありません。
目的のない「心理的安全性」はぬるま湯状態をつくる
髙橋: 現場のマネジメントについてですが、令和の時代にはどのようなマネジメントが求められるのでしょうか?
田中: 最近よく耳にする「心理的安全性」ですが、これが目的化してしまい、現場が単なる「ぬるま湯」状態になっているケースが見受けられます。
一番大事なのは、やはり「目的を明確にすること」です。高度経済成長期のような時代であれば、ナポレオンのような強烈なトップダウン型のリーダーシップでも結果が出ました。しかし、変化の激しいVUCAの時代において、現場が思考停止してしまうトップダウン型は通用しません。
これからのマネージャーに必要なのは、強く指示することではなく、「私は分かりません」と言える勇気です。ボスが「分からない」と言える組織であれば、部下も安心して発言できます。これこそが真の心理的安全性です。
知識がないのに強く言うのはハラスメントになりかねません。「分からないことは分からない、だから全員で考えよう。でも、私たちが目指すのはこういう世界だ」と目的だけは明確に示す。目的がないまま心理的安全性だけを作ろうとするから、ぬるま湯になり、優秀な人ほど「ホワイトすぎる職場」に退屈して辞めていってしまうのです。
髙橋: 昭和型の強いリーダーを演じる必要はないということですね。
田中: 必要ありません。「一緒にエベレストに登りたいから、どうすれば登れるか一緒に考えてほしい」と問いかける姿勢が重要です。 今は「自律型学習組織」が求められています。現場が自ら判断し動ける組織でないと、現代のビジネス環境では生き残れません。そのためには、日頃から現場が「考える訓練」をしておく必要があります。
自律型学習組織を作る「ダブルループ」の問いかけ
田中: 自律型組織を作るためにマネージャーがやるべきことは、まず「分からない」と言える環境を作ること。そして次に「問いを投げる」ことです。
部下のミスに対して行動だけを指摘しても、本人は「なぜ指摘されたのか」が分からず、行動変容につながりません。行動(シングルループ)ではなく、その前提にある思考(ダブルループ)にアプローチする問いかけが必要です。「なぜその行動をとったのか?」「どういう考えだったのか?」と問いかけ、本人に考えさせるのです。

時間はかかりますが、丁寧に問いかけを続けることで、自ら考える組織文化が育まれます。
髙橋: 令和のマネージャーには、ファシリテーションやコーチングの能力も求められるわけですね。
田中: 非常に重要です。シンプルに言えば「マネジメントを科学してください」ということです。科学や理論に基づかない指導は、個人の経験則の押し付けになりがちで、ハラスメントを生む温床になります。
「ダブルループ学習」のようなフレームワークを知り、実際に使ってみて、失敗もしながら自分事として習得していく。そうして初めて、部下に適切なコーチングができるようになります。
マネージャーこそ「無知の知」を
田中: これからのマネージャーは、勉強し続けなければなりません。2500年前にプラトンが説いた「無知の知」です。勉強し続けている人は、自分の知識の限界を知っているのでハラスメントを起こしません。勉強を止めた人が、過去の経験だけで語ろうとしてハラスメントを起こすのです。
また、ホモ・サピエンスの脳の処理能力の限界(ダンバー数=約150人)など、科学的な人間理解を持っておくことも大切です。こうした知識があれば、「自分の経験ではこうだ」と押し付けるのではなく、「こういう理論があるけれど、君はどう思う?」と建設的な対話ができます。
髙橋: エンゲージメントを上げるには、まずマネージャー自身が学び続ける姿勢が必要だということですね。
田中: その通りです。組織が150人を超えると、トップの声が直接全員に届くのは難しくなります。だからこそ、マネージャーがトップのビジョンを現場の言葉に「翻訳」して伝える機能が極めて重要になります。
髙橋: マネージャーの翻訳能力を高め、会社の目的を全員で達成できる組織を目指していきたいと思います。本日はありがとうございました。
田中: ありがとうございました。「無知の知」を忘れず、学び続けていきましょう。
【対談vol.2】強い組織を作る「3つの条件」とは?心理的安全性・共通目標・リーダーの自己開示がポイントの記事はこちらをご覧ください。
