「組織がマンネリ化している」
「部署間の連携がうまくいかず、セクショナリズムが起きている」
組織が成長する過程で、こうした「大企業病」のような症状に陥り、業績が停滞してしまうことは珍しくありません。
弱体化した組織をどう立て直し、再び成長軌道に乗せるのか。
今回は、組織開発のプロフェッショナルである田中安人氏に、組織をV字回復させるための具体的なフレームワークについてお話を伺いました。ジョン・P・コッターの「変革の8プロセス」や、ダニエル・キムの「成功循環モデル」など、世界的な理論に基づいたアプローチを解説します。
【対談vol.2】強い組織を作る「3つの条件」とは?心理的安全性・共通目標・リーダーの自己開示がポイントの記事はこちらをご覧ください。

組織衰退の元凶は「慢心」と「部分最適」
髙橋: 前回までは組織の作り方について伺いましたが、今回は「弱体化してしまった組織」をどうV字回復させるかというテーマでお聞きしたいです。 組織が大きくなると、どうしても慢心や他責思考が生まれたり、部署ごとの利益ばかりを追求する「部分最適」に陥ったりしがちです。こうした状況にはどうアプローチすればよいのでしょうか?
田中: 私は29歳の時に、戦後初となる上場企業の倒産処理に関わりました。当時は「上場企業が潰れる」なんて誰も思っていませんでしたが、実際にそれは起きました。前年には輝かしい業績を上げていたにもかかわらず、です。
その経験から痛感したのは、「慢心」こそが最も恐ろしいということです。組織がうまくいっていると、知らず知らずのうちに「ぬるま湯」状態になり、茹でガエルになってしまう。自分たちが危機的状況にあることに気づけなくなるのです。
また、日本人は真面目なので、与えられた業務設計や評価基準に忠実に従います。もし評価基準が「部署の売上」だけになっていれば、当然ながら全員が「部分最適」で動くようになります。トップが口では「全体最適だ」と言っても、仕組みが部分最適になっていれば、現場はそれに従うしかないのです。
髙橋: なるほど。個人の意識の問題というより、業務設計や評価制度そのものがセクショナリズムを生んでしまっている可能性があるわけですね。
田中: そうです。ですから、まずは業務設計や評価基準の中に、「全社貢献」や「連携」といった要素が組み込まれているかを見直す必要があります。
変革の第1歩は「危機意識」の醸成から
髙橋: 仕組みの見直し以外に、V字回復に向けてどのようなステップを踏めばよいのでしょうか?
田中: 組織変革のフレームワークとして有名な、ハーバード大学のジョン・P・コッター教授が提唱する「変革の8プロセス」が非常に役立ちます。
この第1段階にあるのが「危機意識の醸成」です。
ホモ・サピエンスの脳は、本能的に「危機」を感じないと動かない構造になっています。危機察知能力があったからこそ、人類は生き残ってこられたわけです。逆に言えば、どんなに素晴らしい戦略があっても、組織全体に「このままではマズい」という危機意識がなければ、人は変わりませんし、組織も動きません。

髙橋: 「黒船」のような外圧や、客観的なデータを使って、まずは「危機」を演出したり共有したりすることがスタートラインなんですね。
田中: その通りです。経営層やマネージャーは、まずこの危機意識をどう醸成するかを徹底的に考えるべきです。危機感が共有されて初めて、組織変革の土壌が整います。
「愛のある批判者」を伝道師にする
田中: 危機意識が高まったら、次は「変革を推進する連帯チーム」を作ります。ここで重要なのがキャスティング(人選)です。
トップや仲の良い幹部だけでビジョンを作って、「これをやれ」と現場に落としても、現場からすれば「また上の人たちが勝手に決めた」と他人事(ひとごと)になってしまいます。
髙橋: 現場との温度差が生まれてしまうわけですね。
田中: ええ。だからこそ、プロジェクトメンバーにはジュニアやミドル層、さらには外部パートナーも巻き込むと良いでしょう。
特に私がおすすめしたいのは、「会社に批判的なことを言っているけれど、会社への愛がある人」を入れることです。
髙橋: 批判的な人を入れるんですか?
田中: そうです。愛があるのに批判している人というのは、実は「勇気がある人」なんです。現状を良くしたいからこそ、あえて厳しいことを言っている。
そういうメンバーが変革チームに選ばれると、現場の社員は「あ、会社はちゃんと現場を見てくれているんだ」「本気なんだ」と感じます。彼らが「伝道師(エバンジェリスト)」となり、現場の言葉でビジョンを語ることで、トップダウンの言葉よりも遥かに深く浸透していきます。
世界で一番売れている書物は「聖書」ですが、あれもキリストという教祖だけでなく、教えを広める「伝道師」と「教会」という場があったからこそ普及しました。組織変革も同じで、誰を伝道師にするかというキャスティングが成否を分けます。
「スモールサクセス」という火種を見逃すな
髙橋: チームができ、ビジョンを掲げて動き出した後は、何に気をつけるべきでしょうか?
田中: 変革を始めても、すぐにドラスティックな成果が出るわけではありません。ここでマネージャーがやるべき一番大切な仕事は、「スモールサクセス(小さな成功)」を見逃さないことです。
日本人はどうしても「ビッグサクセス」を求めがちですが、最初は小さな変化でいいんです。「挨拶運動を始めたら、来客の評判が少し良くなった」「会議の雰囲気が少し明るくなった」。こうした小さな「火種」を見つけたら、それをすかさず拾い上げ、全体に共有して称賛するのです。
髙橋: 「ちゃんと見てくれている」という安心感にもつながりそうですね。
田中: その通りです。キャンプの焚き火と同じで、火種がないところにいきなり太い薪(まき)をくべても燃えません。まずは小さな火種を大切に育て、そこに薪をくべていく。そうやって徐々に大きな炎(組織全体のムーブメント)にしていくのです。
「全然変わらない」と嘆く前に、マネージャーは現場の小さな変化という火種を探し回ってください。
成功循環モデル〜結果ではなく「関係性の質」から〜
田中: もう一つ、V字回復において重要なフレームワークが、MITのダニエル・キム教授が提唱する「組織の成功循環モデル」です。
組織の状態には「関係性の質」「思考の質」「行動の質」「結果の質」の4つがありますが、多くのリーダーは「結果の質」から入ってしまいます。

「なんで売上が上がらないんだ!」「数字がおかしいじゃないか!」と結果を問い詰める。すると、人間関係が悪化し(関係性の質の低下)、思考が受け身になり(思考の質の低下)、行動が消極的になり(行動の質の低下)、さらに結果が悪くなる…という「バッドサイクル」に陥ります。
髙橋: 業績が悪い時ほど、どうしても結果を求めてしまいますよね。
田中: そうなんです。でも、V字回復させたいなら、逆のアプローチ、つまり「関係性の質」から入らなければなりません。
まずは挨拶や対話を通じてコミュニケーションの量を増やし、互いに信頼できる関係を作る。共通の目標(パーパス)を再確認し、「誰のために仕事をするのか」を共有する。
関係性が良くなれば、現場は「もっとこうしよう」と前向きに考え始め(思考の質の向上)、自発的に動くようになり(行動の質の向上)、最終的に結果が出る(結果の質の向上)。これが「グッドサイクル」です。
遠回りに見えるかもしれませんが、関係性の質から改善することが、結果的に最短で成果につながります。
暗黙知を形式知化するまで、メンバーを変えてはいけない
田中: 最後に、V字回復が軌道に乗ってきた時の注意点です。
少し成果が出たからといって、プロジェクトメンバーをすぐに変えたり、解散させたりしてはいけません。
例えば、ラグビーで優勝したチームから1人メンバーが入れ替わっただけで、翌年は勝てなくなることがあります。これは、そのチーム独自の連携や文化(暗黙知)が、まだ言語化・仕組み化(形式知化)されていない状態で人が変わってしまったため、文化が継承されずにリセットされてしまうからです。
髙橋: なるほど。うまくいった要因が属人的なままだと、人が変われば元に戻ってしまうと。
田中: そうです。V字回復のプロセスで得られた成功体験やノウハウを、誰でも再現できる「形式知」に落とし込むまでは、メンバーを変えてはいけません。
暗黙知を形式知化し、仕組みとして定着させて初めて、本当の意味での「組織文化」になります。そこまでやり切ってこそ、持続的な成長が可能になるのです。
髙橋: 理論とフレームワークを知っているだけで、打つべき手が変わってきますね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
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