デジタルでごっちゃになった効果と効率。「社長のおごり自販機」開発者が語る、インナーコミュニケーションの大切さ
2人で社員証をかざせば無料でドリンクが出てくる「社長のおごり自販機」。インナーコミュニケーション活性化や、ユニークな福利厚生として注目されています。
今回は、開発者の森さんにインタビュー。「社長のおごり自販機」がどんな社会的課題を背景に生まれたのか、インナーコミュニケーションにおける課題についてどのような思いを抱えているのかを紐ときます。
社会から減少している雑談のきっかけをつくりたかった
──「社長のおごり自販機」はインナーコミュニケーションのきっかけづくりに効果があるとのことですが、このサービスを開発するにあたってサントリーさんではどのような課題に着目し、どのような思いをもっていたのでしょうか。
開発者である僕個人としての思いとサントリーとしての思いがありますが、ここではサントリーとして着目していた課題についてお話しします。
世の中がリモートワークとオフィスワークのハイブリッドな働き方へ舵を切り始め、多くの人々がデジタルでのコミュニケーションと対面でのコミュニケーションを使い分けるようになりました。その中で、とくに人と人との間で、ふいに起こる雑談がどんどん減ってきており、「雑談ロス」という言葉まで出てくるようになりました。
コロナの有無にかかわらず、IT社会・DX社会が進化する中でデジタルコミュニケーションが普及することは不可逆的な社会の変化。この進化の中で生まれる課題に対して、サントリーとしてお手伝いできることはないかと考え、”雑談のきっかけづくりになる自販機”を開発できないか、という思いから「社長のおごり自販機」が生まれました。
──「社長のおごり自販機」は2人で社員証をかざすと飲み物が無料で出てくるサービス。あくまでもオフィスワークにおける対面コミュニケーションのきっかけづくりを前提としていますよね。何かそこに意味はあったのでしょうか。
これは個人的な意見になりますが、人と人とがつながっている安心感を得るには、五感で会話ができる状態が必要だと思うんです。同じ空間にいると「いい香りがするね。誰かパンを焼いてるのかな」とか「今日は寒いね」とか「となりの部署の〇〇さんが、すごい笑ってるね。なんで笑ってるんだろう?」とか、人は五感を共有した偶発的な会話をしますよね。
そんな何気ない会話を重ねるなかで、利害関係のない人間関係が構築され、「仲間だな」と思う瞬間がくる。そして、困ったときに助け合えるような関係性が出来ていくんだと思います。
もちろん、デジタルコミュニケーションのいいところはたくさんありますが、デメリットの部分を対面コミュニケーションで補う必要がある。そのために「社長のおごり自販機」が役立つのではと考えています。
無駄な数分から“新しい何か”が生まれるかもしれない
──なるほど。「社長のおごり自販機」の開発にあたり、開発者である森さん個人として抱えていた思いや解決したいと思っていた課題があれば伺いたいです!
自称ですが、私は世界一自販機が大好きな人間なんです。そんな自販機愛をもって自販機の設置場所を見ると、自販機はお手洗いの近くや廊下の角みたいな場所に置かれていることが多いじゃないですか。それがすごく悔しくて……。
「そうか、自販機の背面に使い道が何もないから、背面を壁につけたくなって、隅っこにおいやられるんだな」と思って考えたのが、“表と裏のボタンを2人同時に押すと無料で出てくる自販機”だったんです。
そうすれば僕の愛する自販機が人々のコミュニケーションの中心にくるんじゃないかと思ったんですが、「さすがにオフィスの真ん中に自販機置けない」「背中の使い道もいらない」という多くのお客様のお声を踏まえ、自販機をオフィスのど真ん中にプロジェクトはボツになったという裏話があります(笑)。
──森さんが抱く自販機への愛と、サントリーさんが抱く偶発的なコミュニケーションを増やしたいとの思いから開発された「社長のおごり自販機」。実際に、サントリーさんの社内でもインナーコミュニケーションにおける課題があったのでしょうか?
振り返ってみれば、私自身もいろいろな課題がありました。効果と効率がごちゃごちゃしてしまっていたと言いますか……。
例えば、20メートル先にいる相手にチャットで連絡する。「チャットで連絡する」という部分だけ切り取ると自分から見た時には生産性(効率)が高いのは間違いないんですが、直接相手のいる場所まで足を運ぶ選択肢もありますよね。無駄に感じる1〜2分、その過程から雑談は生まれるものなんです。効率は良いけど効果は良くないみたいなものが、デジタルコミュニケーションの中で起こってしまいがちでした。
また、デジタルコミュニケーションの中で諦めてしまう会話もありました。電話するほどでもないし、メールするほどでもないし、チャットするほどでもないことってあったりしませんか。対面コミュニケーションだったら話せるけど、デジタルコミュニケーションだと「やっぱいいや」に時になってしまう。
もしかしたら、どこかで役に立つかもしれない雑談が減ってしまっているのは大きな課題としてありましたね。
「社長のおごり自販機」で“あいさつ以上、食事未満”のコミュニケーションを
──ここからは「社長のおごり自販機」とインナーコミュニケーション活性化の関連性についてお話を伺いたいと思います!まず、「社長のおごり自販機」はどのような使い道があるのでしょうか。
1つはシンプルに雑談の活性化です。2人で社員証をかざさないと無料で飲み物をゲットできませんし、多くの設置先の法人では同じペアでかざすのは1週間に1回までというシステム的な制限をかけていて、色々な方と自販機にいかないと飲料がゲットできないシステムになっているので、部署を超えたコミュニケーションの活性化にもつながります。
あとは、オンボーディングの円滑化として役立ててくださっているお客様もいます。中途採用者や新卒者に制限なしで使える「無限カード」を預け、あえて見えるように首から下げてもらうことで、他の社員が新しいメンバーを把握して声をかけやすくするといった使い道です。
ほかにもハイブリッドな働き方のバランスをとるため、オフィスにも足を運んでもらうためのインセンティブという使い道もあります。
きっと多くの人にとって、仕事は、人生で1番時間を割いてる行為です。そんな仕事の時間を、より社員に楽しく過ごしてもらいたいとの思いを抱える経営者さんに採用いただく実例が多いですね。仲間とのコミュニケーションを楽しんだり、お得に休憩の時間を取り入れたり、そういったきっかけづくりのツールとして評価いただいているのかなと。
──なるほど。森さんの考える「社長のおごり自販機」の推しポイントってどこですか。
“あいさつ以上、食事未満”の関係性をつくるきっかけになるところです。
社内でより良い人間関係を築くためには仕組みづくりが必要です。入社したての人やチーム内でのネットワークが少ない人は、1日に3回しか誰かと話をするタイミングがありません。1回目は出社時、2回目はお昼休み、3回目は退社時ですね。
その中で雑談をするチャンスがあるのは、圧倒的に時間が長い1回目と2回目の間、2回目と3回目の間になるんです。これを僕は挨拶以上、食事未満のコミュニケーションと呼んでいます。
挨拶以上、食事未満のコミュニケーションを仕組み化しないと、雑談は継続的に量産できません。そのために「社長のおごり自販機」は役立つものだと思います。
──あいさつ以上、食事未満。すごくキャッチーですね!森さんは「社長のおごり自販機」をどんな人に使ってほしいですか。
やっぱりチームでより大きな結果を出し、チームでの仕事をより楽しめる組織や会社をつくっていきたい人、もしくは経営者の方に採用いただきたいと思います。コミュニケーションの活性化はすぐに成果が出るものではないので、第一歩としてのきっかけづくりに困っている人におすすめしたいです。
インナーコミュニケーションは働く上での必須物
──ここまでインナーコミュニケーションにおける課題などを伺ってきましたが、そもそも森さんはなぜインナーコミュニケーションの活性化が重要だと考えますか。
いろいろな職種や業務がある中で、1人だけで業務完結する働き方をしている人はまれだと思います。また、業務上まったくトラブルもなく働ける人もまれかなと。だからこそ、誰かと連携を取りながら、トラブルが起きたときスムーズに対応できる関係性を築き、整えておく必要がある。そのような関係性を築くには、やはり日ごろのコミュニケーションが大切だと考えています。
そもそも、コミュニケーションの重要性をメリット・デメリットで考えるほうが難しいのかもしれません。「業務上、直接的には全く関係のないあの人と会話することって何か意味があるんですか」と聞かれたら、「今は、意味がないかもしれないね」と答えるしかないですよね。だけど、日頃の業務のスムーズさや、何かトラブルが起こったときに一丸となる団結感や対応スピードには必ず結びついている。何よりも長い時間を過ごす職場において、知らない人と働くより、知っている人と働く方がはるかに楽しいと 思います。
なので、インナーコミュニケーションは短期的なメリット・デメリットで考えるものではなく、長く働く上での必須物だと僕は思います。
──インナーコミュニケーションは、働く上での必須物。
はい。オフィスに椅子や机は必要だよね、というのと同じレイヤーのものだと思いますね。必要か不要かの議論をすることすら本当はちょっと違うのかも。
「インナーコミュニケーションは必要ですか?」というのは「オフィスに椅子必要ですか?」と聞いているのと同じで、「いや、いるやろ!」と(笑)。もちろん、いらない椅子もあるかもしれないし、いらないコミュニケーションもあるかもしれない。だけど総論としては必要だよねと言えるものだと私は思っています。
──「社長のおごり自販機」でインナーコミュニケーションが活性化する先にどのような社会を期待しますか。
開発者として語るならば、人間らしい働き方の回帰を実現したいですね。みんなが個性を活かしていきいき人間らしく働ける世の中になればいいなと考えています。効率化をとことん追い求めて、業務のシステム化をすすめていくことはとても重要な事だと思いますが、余白が一切ない働き方になるのは少し違和感を感じています。余白があってこそ、個性が活かせる職場になり、組織風土の醸成や継承、さらにはエンゲージメントの向上につながるのではと思っています。
──人間らしく働けていないように感じた経験が、森さんにもあったのでしょうか。
そうですね。僕の場合、1週間ずっとテレワークをしていると、閉塞感のような感触が生まれます。毎日同じ時間にPCを開けて、同じ時間にPCを閉じるといったようなルーティンを過ごして、雑談もなく1日を終えることに私は孤独を感じていたんです。そこで改めてちょっとした雑談の大切さを身にしみて感じました。
また自分の過去を振り返ってみると、「もうこんな仕事放り投げてやる!」と思っていた僕に、とあるベテランのシニア社員が「森くんってなんだかんだ言いながらも最後までしっかりやり遂げるから、俺は尊敬してるんだよね」と言って去っていったことがあって。今でも仕事の中で、そのときの言葉を思い出す場面があります。何気ない一言が時に大きな力になる。
──言っても言わなくてもいいことだけど、あえて言ってくれたからこそ、今の森さんがあるんですね。
人と人とがつながってできたこの社会で、1人だけで生きられる人って多分いないんじゃないかと僕は思うんです。僕自身「1人でなんでもできるのでは?」と思ってしまうときもありますが、今オフィスについている電気もある日誰かが線を引いてくれたからここまで届いています。日々の食事も、毎日使っているデジタルコミュニケーションのツールもそうです。ものすごい人数で協力しながら社会が作られている。
素晴らしいチームワークの中で生きているからこそ、いろいろな人とコミュニケーションをとり、たくさん雑談をして、たくさんの人が人間らしく働ける社会になるといいなと思っています。
Interview / Write:Sachi Kagayama:
Edit:Nozomu Iino:
Photograph:サントリー食品インターナショナル株式会社
Design:Akari Iguchi