「人的資本経営」を推進していく上で、どのような情報をどのような基準で開示すれば良いのかがわからない、という方は多いのではないでしょうか。日本では2023年3月期決算より、有価証券報告書における人的資本の情報開示が義務化され、多くの企業で対応が急がれています。

特に、グローバルな投資家を含む多様なステークホルダーへの説明責任を果たすためには、客観的に比較ができる指標を採用することが重要です。
その指標となるのが、人的資本に関する情報開示の国際ガイドラインである「ISO 30414」です。
本記事では、ISO 30414の概要から、注目される背景、具体的な開示項目、活用メリット、そして国内企業の活用事例までを網羅的に解説します。
本記事が、人的資本経営を次のステージへ進めるための一助となれば幸いです。
ISO 30414とは
ISO 30414とは、国際標準化機構(ISO)が2018年に発行した、人的資本の情報開示に関する国際ガイドラインです。
( 公式サイト:https://www.iso.org/standard/69338.html )
これまで財務諸表には表れにくかった「人材」という無形資産を、客観的なデータに基づいて可視化・評価するための世界共通の指針であり、組織内外のステークホルダー(投資家や求職者など)への報告に用いられます。
ISO 30414の目的
ISO 30414の目的は、人的資本の価値を定量的に示し、企業の持続的な成長を後押しすることです。
このガイドラインに沿って情報を開示することにより、企業は自社の強みや課題を客観的に把握し、より戦略的な人材戦略を立案できます。
同時に、投資家などのステークホルダーは各社の取り組みを横断的に比較・評価できるため、人的資本への適切な投資が促され、ひいては企業価値の向上へと繋がります。
ISO 30414の項目
ISO 30414では、人的資本を評価する枠組みとして11の領域と58の指標が定められていますが、すべての指標を網羅的に開示する必要はありません。
各企業が自社の経営戦略に基づき、重要度の高い項目を主体的に選択して開示することが推奨されています。
以下に、11の領域とそれぞれの代表的な指標をご紹介します。

(参照:https://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2021_stn/2021aut13.pdf, 最終閲覧日:2025/08/08)
1. コンプライアンスと倫理
法令遵守や倫理的な行動に関する項目です。
代表的な測定指標には、「懲戒処分の件数」「外部監査での指摘事項数」「コンプライアンス研修の受講率」などがあります。
2. コスト
人材にかかる費用に関する項目です。
代表的な測定指標には、「総人件費」「従業員一人当たりの人件費」「採用コスト」などがあります。
3. 多様性
従業員の属性の多様性に関する項目です。
代表的な測定指標には、「年齢、性別、障がいの有無別の従業員数」「管理職に占める女性の割合」「国籍別の従業員構成」などがあります。

4. リーダーシップ
リーダーシップの有効性や信頼に関する項目です。
代表的な測定指標には、「管理職に対する部下からの信頼度」「リーダーシップ開発プログラムの対象者数」「管理の範囲」などがあります。

5. 組織文化
従業員のエンゲージメントや満足度といった、組織文化に関する項目です。
代表的な測定指標には、「従業員エンゲージメントスコア」「従業員満足度調査の結果」「定着率」などがあります。

6. 組織の健全性、安全性およびウェルビーイング
従業員の心身の健康や安全に関する項目です。
代表的な測定指標には、「労働災害による損失日数」「安全衛生研修の受講者数」「研修に参加した従業員の割合」などがあります。

7. 生産性
人的資本が事業の成果に与える影響に関する項目です。
代表的な測定指標には、「従業員一人当たりの売上高/利益」「人的資本投資収益率(HCROI)」などがあります。

8. 採用、異動、離職
人材の獲得から定着、離職までのフローに関する項目です。
代表的な測定指標には、「採用候補者の数」「採用決定までにかかる時間」「重要ポジションの離職率」などがあります。

9. スキルおよび能力
従業員の能力開発やスキル向上に関する項目です。
代表的な測定指標には、「従業員一人当たりの研修時間/費用」「従業員のコンピテンシー率」「研修に参加した割合」などがあります。

10. サクセッションプラン(後継者育成計画)
将来の重要ポジションを担う人材の育成に関する項目です。
代表的な測定指標には、「重要ポジションの後継者準備率」「内部昇格率」などがあります。

11. 労働力の利用可能性
組織内外の労働力に関する項目です。
代表的な測定指標には、「従業員数(正規、非正規など)」「臨時的な労働力(派遣、業務委託)の数とコスト」などがあります。
注目される3つの背景
近年、ISO 30414への注目が急速に高まっています。その背景には、主に3つの要因があります。
人的資本情報の開示が義務化
最大の要因は、世界的な情報開示の流れです。
日本でもこの流れを受け、金融庁の「記述情報の開示に関する原則」が改訂されました。
これにより、2023年3月期決算以降、大手企業を中心に有価証券報告書での人的資本・多様性に関する情報開示が義務付けられています。
こうした背景から、開示基準の拠り所として、客観的な国際指針であるISO 30414が注目されているのです。
人的資本が競争優位の源泉に
AIやDX(デジタルトランスフォーメーション)が発展したことで、社会の複雑性や不確実性が増しています。
このような時代における企業の競争優位の源泉は、工場や設備といった有形資産から、人材・技術・ブランドなどの無形資産へと移行しています。
なかでも、イノベーションの源泉となる人的資本は企業価値を左右する重要な要素です。
その価値をいかに最大化できるかは、経営における重要課題の一つと言えるでしょう。
ステークホルダーとの信頼関係構築が可能
近年、投資家は企業の持続的な成長可能性を判断する際に、財務情報だけでなくESG(環境・社会・ガバナンス)の観点を重視するようになってきました。
ISO 30414に沿った人的資本情報の開示は、こうした要請に応え、経営の透明性を示す上で有効です。
これにより、投資家をはじめとする多様なステークホルダーとの信頼関係を構築できます。
活用する3つのメリット
国内外のステークホルダーへの効果的な情報開示
ISO 30414は国際規格であるため、このガイドラインに沿った情報開示をおこなうことで、国内外のステークホルダーは企業間の比較がしやすくなります。
これにより、グローバルな市場に向けて自社の取り組みや魅力を効果的にアピールできるのです。
データに基づいた経営判断ができる
これまでは感覚的に語られることの多かった人事領域の課題を、客観的なデータとして可視化することができます。
これにより、勘や経験に頼るのではなく、データに基づいた経営判断や、戦略的な人材配置が可能になります。
定量的な評価ができ、より戦略的な人事施策が可能
従業員のエンゲージメント向上施策や研修プログラムなどの人事施策の効果を定量的に分析・評価できるようになります。
定量的な評価ができることで、施策のPDCAサイクルを効果的に回し、より戦略的な人事施策を実行することができるのです。
実際のISO 30414活用方法(事例)
国内でも、ISO 30414を人的資本経営の指標として活用する企業が増えています。
サントリーホールディングス株式会社
サントリーグループは、「人的資本レポート2025」においてISO 30414を参考に人的資本に関するデータを開示しています。
例えば、「組織文化」の領域ではエンゲージメントスコアや従業員の定着率を、「多様性」の領域では従業員の年齢や性別の割合、性別ごとの経営陣の人数を具体的に示し、自社の取り組みを客観的な指標で説明しています。
参照:https://www.suntory.co.jp/company/peopleculture/pdf/report2025.pdf (最終閲覧日:2025/08/08)
新東工業株式会社
新東工業株式会社は、国内の機械メーカーで2社目にISO 30414の第三者認証を取得した企業として知られています。
同社の人的資本レポート「2024 Human Capital Report」では、スキルアップ(研修参加率59%)やダイバーシティ推進(男性育休取得率76.5%)といった取り組みの成果を具体的なデータが示されており、人的資本への投資とその成果を開示しています。
また、第三者認証の取得は情報開示の信頼性を高め、ステークホルダーへの強力なアピールとなっています。
参照:https://www.sinto.co.jp/file/2024/human-capital-report.pdf (最終閲覧日:2025/08/08)
人的資本経営で必要な組織文化の醸成を実現するweb社内報「ourly」
ISO 30414が示す11領域の中でも、特に「組織文化」「リーダーシップ」「多様性」といった項目は、一朝一夕には改善が難しい領域です。
これらの指標を高めるためには、経営理念の浸透や従業員間の相互理解、心理的安全性の確保が重要となってきます。
そしてこれらが促進されるかどうかは、その組織の組織文化に懸かっています。
組織文化を育む上で有効な手段の一つが、web社内報です。
弊社の提供するweb社内報「ourly」は、PCやスマートフォンから手軽にアクセスでき、双方向のコミュニケーションを活性化させる機能が充実しています。
経営層のメッセージを全社に浸透させたり、多様な働き方をする従業員の活躍を紹介したりすることで、組織の一体感を醸成が可能です。
また、記事ごとの閲覧数や「いいね」数、コメントなどを分析することで、従業員の関心事を可視化し、組織文化の現状をデータで把握することもできます。
これは、ISO 30414で求められる「組織文化」領域の指標を測定し、改善していく上で参考となる貴重なデータとなり得ます。
まとめ
本記事では、人的資本開示の国際ガイドラインである「ISO 30414」について、その目的から具体的な項目、活用メリット、実際の活用事例までを解説しました。
ISO 30414は、単に情報開示義務に対応するための基準ではありません。
人的資本という最も重要な資産の価値を可視化し、企業の持続的成長へと繋げるための指標です。
まずは、ISO 30414の11領域を参考に、自社の経営戦略における人的資本の重要課題は何かを特定し、どの指標で可視化すべきか、検討を始めてみてはいかがでしょうか。
そのプロセスこそが、真の人的資本経営への第一歩となるでしょう。