「良いモノを作れば売れる」
「技術力があれば、顧客はついてくる」
かつての日本の製造業において、それは真実だったかもしれません。しかし、機能の差が縮まり、コモディティ化が進む現代において、その定説は崩れつつあります。特にBtoB製造業において、「ブランディング」は後回しにされがちです。
「顧客は合理的に判断するから、ブランドなんて関係ない」
「インナーブランディングなんて、余裕のある会社がやるお遊びだ」
──そう考える経営者も少なくありません。
しかし、空調メーカーとして世界的な地位を確立したダイキン工業株式会社の総務部 広告宣伝グループ長である片山義丈氏は、「BtoBこそブランドが必要であり、その起点は社員にある」と断言します。
無名だった時代のダイキンを知り、「ぴちょんくん」ブームや「空気で答えを出す会社」というスローガンを仕掛けてきた片山氏。彼がたどり着いた、投資対効果を超えた先に得られる、強い組織とブランドの作り方とは。
BtoB製造業が生き残るための「実務家ブランド論」をお聞きしました。
BtoBの購買意思決定は「非合理」。ブランド=「妄想」がリスクを低減する

── 片山さんは、ブランドを「妄想」と定義されています。一般的には「約束」や「信頼」と言われることが多い中で、なぜ「妄想」なのでしょうか。
ブランドを作るために、いろいろな本を読み、セミナーに行き、実践をしたがうまくいかない…。25年も七転八倒してやっと気づいたのです「ブランドの定義が間違っているんじゃないか」と。
ブランドというのは、企業が持っているものではありません。お客様の頭の中に勝手に浮かぶイメージのことです。企業側がいくら「うちはこういうブランドです」と言っても、お客様がそう思っていなければ存在しないのと同じ。
お客様が勝手に抱くイメージだからこそ、それは「妄想」なんです。「ダイキンは壊れないらしい」「空調の専門家だから安心だ」といったイメージを、お客様の頭の中にどれだけ作れるか。それがブランドづくりです。

── BtoBの製造業では、「顧客はスペックや価格を合理的に比較して購入する」と考えられがちです。そこに「妄想」が入る余地はあるのでしょうか?
いえ、BtoBこそ情緒的な判断、つまり「妄想」で決まります。なぜなら、人間は一日に何万回もの意思決定をしており、いちいち合理的に考えていたら脳がパンクしてしまうからです。だから、直感的な「システム1(※)」で判断しようとする。

特にBtoBの商材は高額で、失敗したら責任を問われます。「この商品を導入して大丈夫か?」という不安の中で、担当者はリスク回避を最優先にします。
スペックがほとんど同じなら、最後は「この営業マンは信用できるか?」「この会社ならトラブル時も対応してくれそうか?」という情緒的な判断になります。「ダイキンなら間違いないだろう」という妄想があれば、担当者は安心して決裁を回せる。つまり、ブランドを作ることは、顧客の購買意思決定を簡単にすることなのです。
※システム1:ダニエル・カーネマンが提唱した行動経済学の用語。直感的で速い思考プロセスのこと。
すべての接点は「社員」から始まる。「自分たちは何者か」を定義せよ

── ブランド=妄想を作るために、なぜアウター(社外への発信)だけでなく、インナー(社内への浸透)が重要になるのでしょうか?
ブランドというのは、商品、営業、サービス、Webサイト、広告、口コミなど、あらゆるタッチポイント(接点)の蓄積で作られます。
では、その商品を作るのは誰か? 営業するのは誰か? Webサイトや広告を作るのは誰か? すべて「社員」です。
社員こそが、すべての発信の起点なんです。社員自身が「自分たちが何者なのか」「何にこだわっている会社なのか」を理解していなければ、そこから生まれるアウトプットはバラバラになります。
── 確かに、Webサイトでは「挑戦する会社」と書いてあるのに、営業担当者が極めて保守的だったら、顧客は違和感を持ちますね。
その通りです。言っていることとやっていることが違うと、妄想は作れません。
「自分たちは何者なのか」をしっかり定義すること。かっこいい言葉を並べるのではなく、実態に即した定義が必要です。
例えば、「私たちは石橋を叩いて壊すほど慎重な会社です」と定義したとします。そうすれば、「とにかく安心・安全」を求める顧客にとっては、それが最強のブランドになる。「挑戦」なんて言葉を無理に使う必要はないんです。
── インナーブランディングがうまくいかない企業の特徴はありますか?
失敗パターンは大きく2つです。 一つは、この「自分たちが何者なのか」の定義が間違っていること。 もう一つは、定義は合っていても、それを伝える努力が足りないことです。
一度や二度伝えたくらいでは、社員には浸透しません。それに、「インナーブランディング」なんて言葉を使うと、現場は「また本社がなんか言ってるよ」「俺らには関係ない」とシラけてしまう。
「なぜやるのか」を突き詰めると、答えはシンプルで「儲かるから」です。 社員の意識が変わり、行動が変われば、商品が良くなり、サービスが良くなる。結果としてお客様に選ばれ、会社が儲かり、社員も幸せになる。このサイクルを回すためにやるんだ、と腹落ちさせることが重要です。
投資対効果(ROI)を追うな。「信じてやり続ける」からこそ勝てる

── しかし、経営層からは「インナーブランディングに投資して、どれだけ効果があるのか?」と、投資対効果(ROI)を求められることが多いですよね。
はっきり言いますが、投資対効果なんてわかるはずがありません。
例えば、研究開発費の適正比率は売上の何%か、あといくら研究開発費を増やしたらどれだけ成果が増えるのか?なんて誰にも正確にはわからないのと同じで。それは経営の「意思」の問題です。
私が担当している電車のドア上の広告(ステッカー広告)は、1999年から続けていますが「広告によってエアコンが何台売れたか」なんて計算できません。
また、外から見れば単なる商品の宣伝に見えるかもしれませんが、実はあれ、社員に向けて一番意識して出していたりもします。

── え、社員向けなんですか?
そうなんです。例えば、大阪の御堂筋線や阪急線。ここは、ダイキンの金岡工場(堺製作所)や淀川製作所に通う社員が毎日利用する路線です。
電車の中で「ダイキンは空気で答えを出す会社です」とか「新しいことに挑戦します」という広告を見ると、社員は「うちの会社、社会に対してこんなこと言ってるんや。ほな、僕らもそうならなアカンな」と自覚しますよね。
── コーポレートブランディングの広告は、外に向けて宣言することで、中の社員の意識を変えるためのものになるんですね。
そうなんです。続けていくうちに「ダイキンの広告、面白いね」と社外でも話題になり、営業先で話が弾み、社員も「うちの会社、こんなこと言ってるんだ」と誇りを持つようになった。結果的に、インナーとアウターの両方に効いてくるんです。
ただ注意しないといけないのは、さきほど話した失敗パターンの「自分たちが何者なのか」の定義が間違っていれば意味のある投資ではなくなります。世間にいっぱいある「なんとなくかっこいいブランドイメージの広告」は無意味なだけでなくお金の無駄遣いにしかならないのです。
── 効果が見えないものに投資し続けるのは、勇気がいります。
「だれでも効果がわかること」だけをやっていたら、他社には勝てません。 なぜなら、効果が明確な施策は、競合もみんなやるからです。差は出ません。
「効果はわからないけれど、これをやれば社員が変わるはずだ」「お客様との関係が良くなるはずだ」と信じて投資し続ける。
それができる会社だけが、他社とは違う独自の「妄想」を築くことができ、結果として大きな果実(利益)を得ることができるのです。
── 最後に、インナーブランディングに取り組もうとしているBtoB製造業の経営者やリーダーへメッセージをお願いします。
BtoB業界の製造業こそ、ブランドが大事です。そして、ブランドを作るのは、広告代理店でもコンサルタントでもなく、目の前の「社員」一人ひとりです。
社員が自分たちの仕事に誇りを持ち、自社のこだわりを自分の言葉で語れるようになれば、それは最強の営業ツールになり、最強の品質保証になります。
「投資対効果がわからないからやらない」という経営者もいますが、もし事業を成長させて、従業員に対して責任を持ち、給料も上げて、みんなを幸せにしたいと思うなら、「インナーブランディングに投資せずに、なぜそれができるのか」を問いたいですね。
これに投資せずに、それができる理由を説明してくれと。もし説明できないのなら、投資すべきです。
社員の能力が10%上がるだけで、会社はめちゃくちゃ儲かります。インナーブランディングは、きれいごとではなく、最も効率よく会社を成長させるための「実利」ある戦略なのです。
