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伝えるべきは「コト」より「ヒト」。2万人の熱狂を生むWeb社内報『KIRIN Now』のストーリー戦略とは。

髙橋 新平

公開日:

2026.01.06

更新日:

2026.01.06

伝えるべきは「コト」より「ヒト」。2万人の熱狂を生むWeb社内報『KIRIN Now』のストーリー戦略とは。
矢野 真梨さん

矢野 真梨
(やの まり)

インタビュイー

キリンホールディングス株式会社
コーポレートコミュニケーション部

営業部門、コーポレートブランディング部門を経て、現在はコーポレートコミュニケーション部にてグループ全体のインターナルコミュニケーションを牽引。Web社内報「KIRIN Now」の運営主幹として、コンセプト設計や編集・企画に従事。「経営と現場をつなぐ翻訳者」として、2万人を超える従業員の共感と行動変容を後押しするコンテンツ作りとCSV経営の浸透に情熱を注いでいる。「社内報アワード2025」では、同社初のグランプリ獲得に貢献した。

「社内報アワード2025」において、「Web/アプリ社内報企画部門」の「媒体全体」で最高得点を獲得し、キリンホールディングス初のグランプリに輝いた、インターナルWebサイト『KIRIN Now』。

このサイトは、ただの情報共有プラットフォームではありません。2万人を超えるグループ従業員の心を一つにし、長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027」の実現を支える”経営ツール”として機能しているのです。

酒類・飲料から医薬、ヘルスサイエンスまで、「食から医」にわたる領域で価値創造を目指すキリングループ。多様な事業を展開するからこそ生まれる組織の複雑性。事業会社の垣根を越えて、従業員一人ひとりが同じビジョンに向かって挑戦する風土をいかに醸成するか——その答えが、『KIRIN Now』にありました。

今回お話を伺ったのは、キリンホールディングス株式会社 コーポレートコミュニケーション部の矢野様。紙媒体からWebへの移行、「ワクワク・ゾクゾク」というコンセプトに込めた想い、記事制作における葛藤、そして投資対効果をどう考えるか——。

インターナルブランディングの最前線で奮闘する矢野さんの言葉には、明日から実践できるヒントと、同じ道を歩む広報パーソンへの勇気がたくさん詰まっていました。

目次

「CSV経営」実現のカギは、従業員の行動変容にあった

ー 「社内報アワード2025」でのグランプリ受賞、本当におめでとうございます。率直なご感想をお聞かせください。

ありがとうございます!やっぱり「悲願」だったんですよね。Webサイトを立ち上げてから、チームで試行錯誤を続けてきて、毎年毎年ちょっとずつ階段を上って、手応えは感じつつ「あと一歩、あと一歩」っていうところで。

今回、長年取り組んできた積み重ねが評価されたことを、私たちも非常に嬉しく思ってますし、部内外からも「良かったね、やったね!」っていう声をいただき、率直に嬉しいなと感じてます。

ー 「グランプリ受賞」というのは、一つの指標になりますよね。

そうですね。この賞を取ること自体を目的化してはいませんが、インターナルコミュニケーションってどうしても定量化が難しい領域なので、評価として可視化される点は大きいと思います。

なので、取れたらそれがきちんと体現できてる、実現できてるってことだよねっていうところでは、一つ目標とさせていただいてました。

ー 多くの企業が「アウター(社外)」への発信を優先する中で、なぜ「インターナル(社内)」に注力されたのでしょうか。

当社は「CSV経営※」を掲げているのですが、一番初めCSVって言葉が出てきた時は、初めての言葉に従業員の多くは理解しきれず、みんな「なんぞや?」っていうような状態だったんです(笑)。

※CSV(Creating Shared Value)経営とは、「共有価値の創造」を軸とした経営のことです。共有価値とは、経済的価値(利益の獲得)と社会的価値(社会的課題の解決)を両立することを指します。

経営から言われて、なんとなくは理解できても、一人ひとりが腹落ちして実践にうつせるかは別の話ですよね。まずはしっかり認知して理解する、そこから「共感」して、「いいね、ちょっとやってみよう」と前向きに動いてもらう。——この一連の行動変容が非常に重要なんです。

そうじゃないとCSV経営は実現しないし、ひいては会社の目標も達成できない。だから『KIRIN Now』は、経営ツールとして、従業員がCSVを自分事として体現できるように、記事やストーリーを通じてそのプロセスを支援することを当初から大切にしてきました。

ー 『KIRIN Now』は、紙媒体の社内報「きりん」から移行されたと伺っています。なぜWebへの移行を決断されたのですか?

まず「コロナ禍」がきっかけであることは一つ大きかったですね。そして「リアルタイム性」。

今、グループ従業員は2万人を超えていて、いかに情報をタイムリーに届けるか、また全グループの従業員にとってのアクセスのしやすさをどう担保するかが重要になりました。Webのスピード感や情報の網羅性を活用したいと考えたんです。

それから、一方的に伝えても、教科書的に終わってしまって体現まで行き着かない。だから「双方向」をいかに生み出すかも重要でした。今ではワクワクボタンというリアクション機能やコメント機能を活用して、Webならではのコミュニケーションが生まれる工夫をしています。

ー 「経営ツール」としての位置付けは、いつ頃から明確になったのでしょうか?

もうずいぶん前になりますが、私が入社した頃の社内報は、新商品の紹介や、「結婚しました」など、どちらかというと「社内情報誌」の要素が強かった気がします。それはそれで楽しみに読んでいたんですけどね(笑)。

会社の経営方針が変わり、長期経営ビジョンを策定した時に、全社で「このビジョンをどう実現するか」と立ち返る機会がありました。そのタイミングで、『KIRIN Now』も、今までの良さを残しつつ、従業員一人ひとりの行動につながるメディアに進化させるべきだ、と。そうした議論を経て「経営ツール」として再定義されたのだと思います。

「ワクワク・ゾクゾク」に込めた想い——脅しではなく、従業員の背中を押すこと。

ー 『KIRIN Now』のコンセプト「ワクワク・ゾクゾク」には、どのような想いが込められているのでしょうか?

従業員が新しいことに挑戦したくなる、そんな記事を作りたかったんです。難しい表情や情報だけだと、やっぱり読まれないじゃないですか。

何かしら一つでも持ち帰って、「自分もちょっとチャレンジしてみたいな」「これだったら自分もできるかも」って、エンパワーされるような記事を目指しています。

ー 確かに、難しすぎると自分事として捉えにくいですよね。そうした“読み手の背中を押す記事”にするために、制作の過程で具体的に意識されていることはありますか?

チームでよく出てくるのは、「ちゃんと共感される記事になってるか」「読み手の視点に立てているか」ということ。

経営ツールとはいえ、トップからドーンと一方的に落とすだけじゃ届かない。何を持ち帰ってほしくて、どういう行動を後押ししたいのか——そう考えた時に、私たちが情報を「料理」したり「翻訳」したりする必要があるんです。

正直、経営と現場の”板挟み”に悩むこともあります。「これを伝えたい」という経営の意図と、「従業員はそれをもらって嬉しいかな?」という現場が求める視点とのギャップ。

例えば、「従業員の危機感を煽るようなトーンで書いてほしい」と要望いただくこともあるんですが、ワクワク・ゾクゾクのコンセプトに沿って気づきを得てほしい時に、脅しながらっていうのは『KIRIN Now』としては違うよね、と。メッセージの意図を踏まえつつも、読み手が前向きに動けるバランスを探るのが、毎回難しいのですが、そこが私たちの腕の見せ所なんです。

正直、「もうちょっと、他のやりかたもあったかもしれない」「もっと面白くできたのに、結局平坦になっちゃった」と思うこともあります。全てのオーダーをそのまま受けすぎると、どうしても当たり障りのない記事になってしまう。そこは、私だけじゃなくチーム全員で、意識しながら日々ベストバランスを追求しているところです。

ー 万人受けを狙うと記事が『平坦』になってしまうというお話、非常に納得感があります。反対に、鋭くメッセージを届けるために、ターゲット(ペルソナ)を設定されているのでしょうか?

そうですね。当社は工場で働いている方から経営層まで、2〜3万人の従業員が在籍をしているので、まずは明確なターゲットを設定しています。それが「30代の経営職一歩手前」の従業員の方々です。

会社のことをもっと理解しなければならない立場でありつつ、自分も色々チャレンジして成長していきたいから、色んなことを知っていきたい——そういう方々に、どんな情報であれば最も届くのかを意識しながら記事を作っています。

ー そこに定めた理由を教えてください。

今後、会社を担っていく、組織を引っ張っていく人たちを巻き込みたい。全員を一度に巻き込むっていうよりは、そこをコアに火をつけることで、その熱が周囲に広がっていくんじゃないかと考えています。

そういった方が記事にコメント入れてくれたりすると、「よっしゃ」って思いますね(笑)。具体的に何人かの読者像を思い描きながら発信しています。

「全員を主人公に」——人とストーリーにフォーカスする記事づくり

ー 読み手のターゲットを明確に『コア層』に定めている一方で、御社の事業領域は非常に広く、多種多様な業務が存在しますよね。記事として取り上げる部門や事業については、どのような基準やバランスで決めていらっしゃるのでしょうか。

当社には、本当にさまざまな仕事に携わる従業員がいるので、できるだけ多くの方にスポットライトを当てて、主人公になってもらいたいという想いがあります。だから、満遍なく色々な事業部門や部署を取り上げるようにしています。

ただ、部門の話というよりは、「その人の背景」「その人のストーリー」を伝えたいんです。どんな想いでその仕事に向きあっているのか、それが会社にどうつながるのか——それって社内も社外も問わず価値があるものだと考えているので、記事によっては、オウンドメディアで公開することもあります。

ー ちなみに、みなさんは取材へは協力的なんでしょうか?

はい、とても協力的です。皆さん出演することをモチベーションに感じてくださる方も多く、「『KIRIN Now』に出れるんだ」と前向きに受け止めていただいてるのは、すごくありがたいですね。

また、リーダーが「ぜひこのメンバーを取り上げてほしい」と推薦してくださることも多いです。お断りされるケースはほとんどないですね。

ー 取材への熱量が高いのは、作り手としても心強いですね。ただ、扱うテーマとなると、貴社の場合『食から医まで』多岐にわたります。異なる領域の社員に記事を届け、共感してもらうのはかなり難易度が高いと思うのですが、その点はどう工夫されていますか?

おっしゃる通り、ビール事業部の方が医薬の話を理解するって、簡単ではありません。だからこそ、一番の共感ポイントはどこだろうって、企画の段階で丁寧に探るようにしています。

例えば医薬の話題で、「ある薬が好調で、売上がどれくらい伸びていて」といった情報だけを伝えても「ふーん」で終わってしまいますし、そういった公式な情報は、有価証券報告書などを読めば把握できます。

大切なのは、なぜこの薬が重要なのか、患者さんにどんな価値があるのか、担当者がどういう想いで取り組んでいるのか——そうした人や背景のストーリーを軸に伝えながら、事業の概要も伝えることで、他事業部の従業員にも自然と興味や理解が広がっていきます。

なので、テーマが難しい話であればあるほど、共感性に気をつけています。図を使ったり、担当者がレクチャーする形式にしたりと、極力かたくならないように工夫していますね。

『KIRIN Now』運営のリアルな苦悩

ー そうした試行錯誤を重ねて、今の『KIRIN Now』のスタイルが出来上がってきたのですね。そうして運営を続けられる中で、苦労されていらっしゃる点についても教えてください。

「いかに見てもらうか」は、今も引き続き課題ですね。アクセス数やPV数は伸びてきていますが、立ち上げ当初はなかなか反応が得られませんでした。

「業務が多忙で、見る時間がない」という声も多いので、いかに参画してもらえるか、双方向をどうやって加速していくかは、今後も継続して取り組むテーマだと感じています。

ー 海外展開という課題も抱えていらっしゃるとか。

まさに今取り組んでいるところで、大きなチャレンジだと感じています。これまで国内事業にフォーカスしがちだったところを、いかに裾野を広げていくか。海外の従業員にも読んでみたいと思ってもらえるようなスイッチはどこだろう、と探り続けています。

現在は、トップメッセージなど確実に伝えるべき情報は英語に翻訳してPDFで送っていますが、今後はグローバル向けサイトを作って、日本語の記事を英語で読める環境もつくっていきます。

例えばオーストラリアのグループ従業員が各事業のCSVの取り組みを知って「キリンって、お酒や飲料だけの会社じゃないんだ」って感じてくれたら、仲間が増えていく感じがしてワクワクする。そうした未来を想像すると、とても楽しみですよね。

ー 世界中の従業員を『仲間』にしていく、壮大で素敵なビジョンです。ただ一方で、こうしたインターナルブランディングは、短期的な成果が見えにくい領域でもあります。それでもこれだけ力を入れられているということは、社内ではこの活動の価値をどのように評価されているのでしょうか。

当社は、人を「人財」として捉えています。インターナルコミュニケーションでも「いかに従業員がイノベーションを生み出すマインドを育てるか」をすごく期待されているんです。

だから、広報だけに閉じずに、「人事」も「経営企画」も巻き込みながら運用しています。もう経営ごととして、会社全体で取り組んでいるんですね。

それに加えて、取り組みの効果はもちろん定量的にも評価しています。『KIRIN Now』がCSVの体現にどの程度寄与しているかをアンケートで把握して、そのデータを継続して経営陣に説明しています。今でも会社として、ここに投資する価値があると判断してくれていますね。

30代研究員と営業がつながった瞬間——記事が生んだポジティブな変化

ー 経営層からも、単なる情報共有ではなく「意識や行動の変化」を期待されているのですね。実際に運営を続ける中で、組織のポジティブな変化や印象的なエピソードはありますか?

実際に何か成果につながったところまでは見えないんですけど、「こういう取り組みを知って励みになりました」とか、記事を通じてエンパワーされたという言葉をいただけた時は、すごく嬉しいですね。

特に、これから会社がイノベーションを起こしていくためには事業会社や部門の壁を超えて、コラボレーションを生むことが重要なんです。先日、若手研究員の記事を公開した際、別の事業会社のビールの若手営業から「こんな取り組みをしているんですね、すごく刺激受けました」というコメントが寄せられていて。それに対して「お互い30代頑張りましょうね」と返信されていて、そのやり取りを見た瞬間、「これこれ!」って嬉しくなりました(笑)。

そういう交流が生まれる場になったり、「記事でこんな内容を読んだんだけど」って連絡取り合い、次のアクションにつながっていく——そういう瞬間が次々とが生まれると非常に嬉しいですね。

ー コンテンツをきっかけに交流が生まれるとやりがいがありますね!ちなみに、どのようコンテンツが人気だったりするのでしょうか?

3つあって。1つ目は、トップメッセージや決算、CSVの取り組みなど、「知るべき情報」。

2つ目は、「人」。「こんな面白いことをしている人がいるんだ」と思える、知りたい情報ですね。

そして3つ目が、「会社の歴史」。先日、広島の戦後80年のタイミングで、かつてのキリンビール広島工場のアーカイブ記事を掲載したところ、ものすごく大きな反響があって。「知らなかったけれど、従業員として知っておくべき内容だよね」と、みんなが受け止めてくれた結果だと思います。

また、コーポレートコミュニケーション部内には「アーカイブ室」があります。アーカイブ室のメンバーが「今日は何の日」とか「ちょい読みキリン」といった、歴史コンテンツの発信もしています。組織にとって、背骨というか基盤や文化にもつながる情報として、すごく価値のあるものだと思っています。

ー これまでのお話から、“人”に対する強い熱意を感じました。そうした活動を支えている、矢野さんのモチベーションの原動力や、大切にされている想いについてぜひ伺えますか?

私、営業を経験していたこともあって思うのが、ヒット商品を生み出した人だけがヒーローじゃないんですよね。商品がヒットするために裏で支えている、名もなきヒーローが本当にたくさんいる。

今、たくさんの従業員の話を聞ける立場にいる中で、その人それぞれの想いや物語があって。僭越ですが…そうした言葉を紡いで、見える形で外に出して、たくさんの方に届けていくところに、やりがいを感じています。

それが上手く循環して、組織のいい空気になると非常にいいなと。「やっぱキリンっていいよね」って従業員自身が噛みしめるような、「自分も負けていられないな」みたいなお互いをエンパワーしあう空気ができあがっていくのを見ながらしめしめって思いたいですね(笑)。

経営と従業員の距離をつなげるっていうミッションもありますが、ボトムアップしていくところに、特に”やりがい”を感じています。

「一発ホームランはない」——楽観主義で、コツコツヒットを打ち続ける

ー 『名もなきヒーローに光を当てる』という言葉、非常に胸に響きました。 では最後になりますが、これからインターナルブランディングに取り組もうとされている方、あるいは壁にぶつかっている広報・人事・経営者の方々に向けて、エールをお願いします。

やっぱり、一発ホームランはないんですよね。

インターナルブランディングやコミュニケーションって、これをやったからすぐに効果が出るというものじゃなくて、時間をかけて、ときに遠回りもしながら、コツコツ積み重ねていくもの。

もちろん悩みながらだと思うんですけど、失敗や葛藤もオープンに共有しながら、「そんなこともあるよね」と前向きに受け止めつつ、「積み重ねたものは必ず未来につながっていく」っていう楽観性も大切にしながら、一緒にやっていけるといいですね。

結構、目の前の課題にとらわれすぎると、思考が止まってしまって袋小路に入りがちなので、いい意味での楽観主義って大事だと思います。少し視野を広げて、オープンマインドを心掛けていると、不思議と新しい情報やヒントが入ってきたりするので。

コツコツヒット、一緒に打っていきましょう!

取材を終えて

『KIRIN Now』は、単なる「社内報のデジタル化」ではありませんでした。

それは、酒類・飲料・医薬・ヘルスサイエンスという多様な事業を擁し、国内外2〜3万人の従業員を抱える巨大グループが、「食から医」という壮大なビジョンに向けて、一丸となって挑戦する風土を醸成すめための「経営ツール」。

そして、その裏には「板挟み」「コンセプトのブレ」「海外展開」といったリアルな苦悩と、それでも諦めずに「ワクワク・ゾクゾク」というコンセプトに立ち返りながら、コツコツと積み重ねてきた広報チームの挑戦がありました。

インターナルブランディングに「一発ホームラン」はない。でも、失敗を恐れず、オープンマインドで、楽観主義で、コツコツとヒットを積み重ねていく。その先に、従業員が「やっぱりこの会社、いいよね」と誇りを持ち、組織の求心力が高まり、イノベーションが生まれる未来がある。

明日から、あなたも一歩踏み出してみませんか。