創業100周年。
多くの企業にとって、これは華々しく社外へアピールする絶好の機会です。
しかし、日清シスコ株式会社が選んだのは、違う道でした。
「お客様にとって、日清シスコの100周年で喜ばしいことはあるのか?」――
この問いから始まった同社の100周年プロジェクトは、“社外”ではなく“社内”に向けられました。その結果、従業員の約7割が「以前より自社の存在やブランドに誇りを持てるようになった」と回答し、3年ぶりに経営目標を達成。
各部署から自発的に企画が立ち上がるなど、組織に確かな変化が生まれました。
「シスコーン」「ココナッツサブレ」「チョコフレーク」「ごろグラ」――。誰もが一度は口にしたことがある商品を数多く擁する日清シスコ。しかしその舞台裏では、「誠実で着実に仕事をこなすが、とてもおとなしい」という従業員の姿がありました。
コロナ後の需要変化、原材料高騰、値上げ――厳しい事業環境の中で、自信と誇りが失われつつあった組織がどう動いたのか。
今回お話を伺ったのは、100周年プロジェクトのリーダーを務められた風野様、そして従業員向けコラム「蔵出しシスコラム」を企画・実施された近藤様。
リアルな苦悩と、それを乗り越えた先に生まれた組織の変化には、明日から実践できるヒントと、同じ道を歩む広報パーソンへの勇気がたくさん詰まっていました。
「おとなしい」からの脱却―なぜ“社外”ではなく“社内”だったのか

ー 100周年のタイミングで、なぜ「インナーブランディング」に注力されたのでしょうか。
風野さま:100周年の3年前、2021年に浅井雅司が社長に着任しました。(現:株式会社ニッキーフーズ 代表取締役社長)日清食品の営業出身で、着任当初から「従業員はみんな、指示されたことを的確にやる。誠実で着実に仕事をこなすが、ちょっとおとなしいよね。」と感じていたそうです。
私たちは自分たちのことなのでわからなかったのですが、浅井には「主体的な行動が少なくなっているのでは」と映っていたようです。
従業員の考え方や価値観を変えていく必要があると考え、2021年以降、人事総務部が中心となり従業員の主体性を積極的にサポートする数多くの制度が誕生していきました。
ー 社内の意識を変革すべきタイミングだったのですね。当時の事業環境もかなり厳しかったと伺っています。
風野さま:はい。コロナ禍は巣ごもり需要で当社の主戦場であるシリアル市場全体が好調でしたが、2022年からは外食への戻りで前年割れが続きました。さらに、様々な地政学リスクが絡み合って主要な原材料の高騰も顕著になり、当社の商品もやむなく値上げを実施せざるを得ない状況になりました。そのような事業環境の厳しさから、自社やブランドへの「自信」や「誇り」が失われつつあることを感じていました。
浅井は、「(「シスコーン」という)カテゴリーナンバーワンブランドを持っているのだから、もっと自信と主体性を持って動こう」と従業員に声をかけ続けていました。
ー 社長が先頭に立って、従業員の皆さんのマインドを変えようとされていた時期だったのですね。 ただ、業績が厳しい中での100周年となれば、本来なら社外へ大々的にPRをして売上につなげたい、という選択肢もあったのではないでしょうか?
風野さま:業績につなげるならば対外的なPRはいくらでも提案できました。でも日清シスコはそれを選びませんでした。私も初めは葛藤がありました。プロジェクトを任されている以上、業績につなげなければいけない。それがミッションだと思っていたからです。
しかし、「お客様にとって、日清シスコの100周年で喜ばしいことはあるのかな?」——
この問いに対する会話をプロジェクトメンバーと繰り返す中で、インナーブランディングへと目的を決定しました。
「従業員は会社のことをどこまで知っているか…」―蔵出しシスコラムが生まれた瞬間

ー ターゲットを“社内”に絞るというのは、勇気のいる決断だったと思います。 そうして方針が固まる中で、具体的な施策として「蔵出しシスコラム」が企画されたのでしょうか?
近藤さま:実は100周年のプロジェクトが始まる前、マーケティング部内で実施されたワークショップで提案したものが素案となっています。もっと⽇清シスコのファンを増やしたいと。 その企画が通り、実際にプロジェクトとして動き始め、具体策を練るところで、「従業員は会社のことをどこまで知っているかな…?」という疑問が湧いてきました。
風野さま:長く当社に勤めている人も少なくなり、中途採用も年々増えている。だからまず、従業員に自社の歴史や過去の取り組みを知ってもらう。それを、お取引先とのコミュニケーションで小ネタとして語れたら——そんなトリビア的なネタを提供しようと、画像や写真をつけたコラムを1年かけて100回、100周年のカウントダウン企画として投稿しました。それが「蔵出しシスコラム」です。
「チャレンジングで主体性あふれるDNA」を取り戻す――過去の中に目指したい未来があった
ーそこからどのようにして、冒頭の課題でもあった「主体性」や「チャレンジ精神」といったマインドを醸成していったのでしょうか?
風野さま:創業から70年間の日清シスコの歴史を見ると、工場が火事になっても再建し、シスコーンも発売当初は売れなかった中、広告投資をしながら諦めずに販売を続けていました。
つまり、今回私たちが生み出したかった「主体性」「チャレンジ精神」「諦めない心」——これらは実は、昔からあった日清シスコのDNAでした。
「蔵出しシスコラム」では、そこを従業員に伝えていくことも意識していました。言われたことを実行することはとても大事なことです。しかし昔のシスコの従業員は、苦しい時も自分たちなりに意味を見出し、諦めずに粘り強くやり続けた。
「蔵出しシスコラム」で1年間かけて、創業者のエピソードや過去の取り組み、商品を紹介していくことで、じわじわと従業員の中に「あんなに面白いことやっていたんだ。きっと自分たちもできるよね」という感覚を伝えていきたいと思っていました。
のちに作成した100周年のスローガン「もっと次の100年へ。」の「もっと」には、そういう意味が込められています。
ー 実際にコラムを発信されて、現場や社員さんの反応はいかがでしたか?
近藤さま:最初から反応は良かったですね。本編を始める前に予告を投稿し、「何が始まるのだろう?」と期待してもらえるような告知をしました。その時点から、いくつかリアクションもあって、本編通しては毎回、50人前後のくらいのリアクションがありました。約150人が常時閲覧できる状態でいるので、かなりの割合の方々が反応してくれました。
具体的なところでいくと、「私が昔担当してた商品を紹介してくれて、ありがとう!」と、昔のマーケのメンバーがコメントをくれました。
そして「こんな商品があったんだね!今あったら売れるのに」「これを売ってみたい!」などと、コラムをきっかけにコミュニケーションが生まれてきましたね。
各部署から企画が“自走”し始めた――プロジェクトの成果
ー コラムをきっかけに社員の皆さんの気持ちが動き出したんですね。 その上で、プロジェクト全体を通して、最終的に達成したかった「ゴール」とは何だったのでしょうか?
風野さま:各部門から企画が自発的に立ち上がり、自分たちで決めて、企画を動かし、やりがいを得る。その過程で「自信」と「誇り」を取り戻す。——それをゴールに設定していました。
だからプロジェクトメンバーは各部署の企画にはほとんど関わっていません。誰に向けて、何をもって成功と定義するか?その設計だけをして、あとは各部署が自分たちで施策を考え、やり切りました。部署ごとに企画を「やってください」なんて一度も頼んでいないんですよ。
例えば、マーケティング部は周年記念商品を企画し、消費者キャンペーンも実施しました。人事総務部と営業本部は、約160人が店頭に立つ対面販売を企画しました。資材部は関連部門と協力し、ビジネスパートナーである原材料メーカーなどのお取引先様との信頼関係を深めるためにゴルフコンペを企画しました。私も参加させてもらっていますが、お取引先様から好評で、今年も続けています。
強制をしても、人の心は本質的には動きません。だから、プロジェクトが介入したら成し遂げたいゴールからは遠くなると思っていました。経営陣も、そこには本当に気をつけて立ち振る舞っていてくれたと感じます。
ー ちなみに、意外な人から企画が上がってきたこともありましたか?
風野さま:近藤が担当した「蔵出しシスコラム」が、まさにそうです。近藤は新卒入社で、マーケティング部、特販部、資材部を経て、現在はマーケティング部の広報・販売促進課で、数多くの業務を担当しています。様々な部署と人と共に業務をしてきた近藤が「この企画をやってみたい」と言った時、それはぜひ力になりたいなと思いました。
当時の部長も「じゃあやってみようか」と前向きでした。労力はかかるけれど、1人では難しいからとメンバー集めにも積極的でした。ローンチの際、他の従業員も「近藤さんの企画なんだ!」と、内心驚いていたと思います。従業員の可能性や芽を潰してはいけないこと。のちに感じましたが、大事なことだったなと思います。
近藤さま:部長の後押しと、最終的にはやりたいというメンバーが集まってくれて、結局8人のチームになりました。100周年という特別な瞬間は人生でなかなかないことですし、長く勤めた会社で周年の機会に何かを残せたらという思いがあったので、この歳になって自分が立ち上げた企画を形にできたことが本当にうれしかったです。あらためて、熱意を持って取り組くむことの大切さを学びました。
7割が「誇りを持てるようになった」――そして3年ぶりに経営目標を達成

ー 素晴らしいチームワークですね。 そうした変化の一方で、数字として表れた成果ついてはどのような結果が出たのでしょうか?
風野さま:周年イヤーを終えてということで、従業員の意識変化をサーベイで測定をしたのですが、従業員の自信と誇りの項目—「以前より自社の存在やブランドに誇りを持てるようになったと思うか?」「以前より自社の存在やブランドに自信が高まったと思うか?」にいずれも7割以上の方が「はい」と回答してくれました。
ー それだけの結果が出れば、肩の荷も下りますね。 正直なところ、ここまで高い数字が出るとは予想されていましたか?
風野さま:想像よりも高かったです。
ただ正直に言うと、この数字の100%がプロジェクトの成果だとは思っていません。その年は事業環境が良かった。米不足や長引く猛暑、災害需要の影響で当社だけでなくシリアル業界全体が伸びましたし、各部門が積極的な施策を行ったことも大きいです。
事業環境の追い風、積極的な施策、そしてその年、3年ぶりに経営目標を達成したこと——複数の要素が重なって成し得た結果だと思っています。
ー 様々な要因が重なっての「7割」だったわけですね。ただ、そうした全社的な追い風があったとしても、本社と製造現場では、どうしても情報や熱量の「温度差」が生まれがちです。特に工場の方々の反応はいかがでしたか?
風野さま:「蔵出しシスコラム」の終了時に企画の単体のアンケートをとったのですが、こちらは回答者の9割が「良かった!継続してほしい!」と回答してくれました。
数字だけでなく、実際に工場のメンバーから「見てますよ!」という声をたくさんいただきました。広報のロケで東京工場へ行った際、「何かあれば協力するから!」と温かく迎えてくれたことがとても印象的です。私が元々研究所出身だというのもあるかもしれませんが、部門の垣根を超えた一体感を感じて嬉しかったですね。
ー 一般的に、現場まで巻き込むのはハードルが高いと言われますが、なぜ今回はそこまで工場の方々の心に届いたのだとお考えですか?
風野さま:「情報の届け方」と「リスペクト」にこだわったからだと思います。
日清シスコは全従業員約600人のうち、その半数以上が工場勤務です。多くの方は普段は決まった製造業務に従事しており、会社の歴史や情報に触れる機会が少ない。そこで、コラムを工場のサイネージでも配信し、自然と目に入るようにしました。
また、記念品にも日清シスコならでは、という想いを込めました。その配布対象は「全員が日清シスコを支えているのだから、可能な限り平等に配布しよう」と。
100周年の記念品は、役員、正社員、準社員、臨時従業員、継続雇用、派遣社員と幅広い配布対象に渡しました。 従業員は、そうした「会社が自分たちをどう見ているか」という姿勢を敏感に感じ取っているのだと思います。
「人を動かす手段」――インナーブランディングの本質
ー そうした「リスペクト」が言葉だけでなく行動として伴っていたからこそ、現場の心を動かしたのですね。今回、そうして徹底して「人」の心に向き合われたわけですが、改めてそのご経験を踏まえると、インナーブランディングの本質とは何だとお考えでしょうか?
風野さま:インナーブランディングは、「人を動かす手段」のひとつだと考えています。
私は広報パーソンとして、日ごろから「この情報を受け取ったお客様がどのように感じ、どのような行動をしてもらいたいか?」を考えて、情報を発信しています。今回のプロジェクトも、従業員とお取引先様という「人」にフォーカスして、彼らの態度変容を促すことを目指しました。
デジタル化や仕組み化で生産性を上げることもとても大事ですが、結局、その機械を動かすのも人です。3年ぶりに目標を達成できた背景には、人の積極的な動きがありました。デジタル化や仕組み化だけでは成し得なかったと思っています。
だから、インナーブランディングは「人を動かす手段」のひとつ。私たちの場合は、自信、誇りといった目に見えない部分に訴えかけました。難しさがある反面、腹落ちさえすれば持続性もあるのだと感じています。
自分たちの誇りは何で、何をもってお客様に喜んでもらうのか、社会に還元していくのか——今回、従業員が自らその点を考えるきっかけになって、行動できたのだろうと感じています。
ー 最後に、これからどのような組織を目指していきたいですか?
風野さま:100周年という節目を経て、改めて「誰のために、何のために仕事をするのか」を考えてほしいなと思っています。
サラリーマンですから、どうしても「上の指示だからやる」という姿勢になりがちです。それは一つの正解かもしれませんが、その先にどんなお客様が待っているのか——そこまで想像力を働かせなければ、真の意味で納得して、主体的に仕事に取り組むことはできません。
従業員は決して組織の都合の良い「駒」ではありません。 お客様のため、社会のため——そう主体的に考え、1人1人が自ら動くことで、自然と組織はより良く変わっていくはずです。
取材を終えて

日清シスコの100周年プロジェクトは、単なる祝賀イベントではありませんでした。
厳しい事業環境の中で失われつつあった「自信と誇り」を取り戻し、「主体的に動く」組織へと変革する——戦略的なプロジェクトでした。
風野様が繰り返し語っていたのは「プロジェクトは一度も“やってください”と頼んでいない」という言葉。プロジェクトチームが頑張るのではなく、各部署が自発的に動き出すような「設計」をし、ゴールを「設定」すること。従業員の「芽を潰さない」こと。部署や役職や雇用形態に関わらず、可能な限り従業員を「平等に」扱うこと。
そして何より、「人を動かす手段」のひとつとしてインナーブランディングを捉え、目に見えない想いに訴えかけ続けたこと。
その結果、従業員の7割が「自信と誇りを持てるようになった」と答え、3年ぶりに経営目標を達成。
まずは、完璧を目指さず、失敗を恐れず、「芽を潰さない」こと。そして何より、「誰のために、何のために」を自分自身が問い続けること。
明日から、あなたも一歩踏み出してみませんか。