ゆるい繋がりがイノベーションを生む?日本企業が意識すべき文化の醸成と社内広報とは
日本の企業におけるイノベーション創出の鍵として「ゆるい繋がり」が重要だと語るのは、早稲田大学 大学院経営管理研究科(ビジネススクール)の入山教授。イノベーションを生み出すためには、ゆるい繋がりをつくること、企業文化の醸成、そしてそれを実現する手法として社内広報が重要だといいます。
今回は、現代の日本企業のイノベーション創出における課題と、その解決策について、入山教授の見解を伺いました。
ゆるい繋がりは情報を伝播させイノベーションを創出する
──著書『世界標準の経営理論』では、会社のなかでのゆるい繋がりを構築することがイノベーションの創出に関わっていると解説されています。改めて、日本企業が社内でゆるい繋がりをつくることのメリットについて教えてください。
詳しくは『世界標準の経営理論』で解説されていますが、ゆるい繋がりを作ると、「ネットワーク全体への効率的な情報の伝播」が生じます。つまり組織内外で、知識・情報が素早く、効率的に伝播するため、多様な情報が手に入りやすく、イノベーションが起こりやすいんです。
なので、僕は色々なところで「チャラ男」「チャラ娘」が大事だと言っています(笑)。誰とでも気軽に話しができるチャラチャラした存在をブリッジと呼んでいますが、このブリッジが社内に生じることで、会社全体でゆるい繋がりが生まれ、イノベーションを創出できるというわけです。
──日本はどちらかというと強い繋がりを持つ企業が多いように感じます。グローバル単位で比較したとき、日本の企業はゆるい繋がりを生みにくい背景などがあるのでしょうか?
これは日本の雇用制度が関係しています。日本には終身雇用制度がありますが、同じ人たちが同じ会社に集まって働き続ければ、弱い繋がりを作るのは難しいんですよね。何十年も同じ会社で働き続けると、強い繋がりはできるものの、弱い繋がりはなかなかできない。
対してアメリカやヨーロッパの人たちは、解雇されることもあれば、自分から転職するケースも多いので、業界や会社を横断して人が動きやすい。そうなると弱い繋がりが作りやすくなります。なので、弱い繋がりが作りづらい背景には、根本的な雇用の仕組みの違いがあると思います。
──なるほど。しかしながら、日本の雇用制度を変えていけるかどうかは政治に委ねられますよね。現状の社会背景のなかで、企業内にゆるい繋がりを作っていくには何が必要なのでしょうか?
大切なことは1つあります。「世界標準の経営理論」でも紹介していますが、トランザクティブ・メモリー・システム(Transactive Memory System / 以下、TMS)を機能させること、企業文化を醸成すること、そのために戦略的に社内広報を行うことです。
「誰が何の専門家か?」を理解するトランザクティブ・メモリー・システム
──現状の社会背景のなかで、企業内にゆるい繋がりを作っていくために重要な3つの項目がありますが、まずはTMSについて教えてください。
TMSとは1980年代から90年代に、ハーバード大学の社会心理学者ダニエル・ウェグナーによって確立されたシステムです。簡単に説明すると、TMSは「組織内の知の分布」。組織内のメンバーが、「誰が、何を、知っているのか(Who Knows What)」を理解している状態であることを指します。
一般的に情報の共有化というと、組織内のメンバーが同じこと(What)を知っている状態をイメージする人が多いと思います。しかし、1人が持てるキャパシティは決まっています。また、組織はどんどん大きくなっていくものなので、どんどんと増えていくWhatを全員が記憶しておくことはほぼ不可能だと言えるでしょう。
そのため、「〇〇さんは、××の専門家だから、彼女に聞けばいい」「〇〇さんは、これについての情報を持っている」という、Who Knows Whatを覚えるだけなら、1人ひとりの負担は軽くなり、TMSが機能しやすくなります。
──なるほど。Who Knows Whatをそれぞれが理解するためには、どうすればいいのでしょうか。
TMSを機能させるためには、業務上だけではなく、業務に関係ない交流の場を設計する必要があります。社内であれば、普段関わることの少ない部署や拠点の人同士が交流する機会。一緒にご飯を食べたり、お酒を飲んだり、業務に関係ない機会を意図的に作ることがとても重要です。
──日本国内で、TMSがうまく機能している会社の事例があれば教えてください。
日本の企業ではありませんが、マッキンゼー・アンド・カンパニー(以下、マッキンゼー)などは、TMSが機能している印象がありますね。コンサルティングファームはとくに、Who Knows Whatの理解が勝敗を生む業界ですから、かなり構造的にTMSを機能させていると思います。
しかしマッキンゼーでTMSが活発に機能しているのは、あくまでも業務上必要不可欠だからで、業務上TMSを機能させなくても回るような業種の会社では、うまく浸透しない可能性もあります。ゆるい繋がりを生むためにさまざまなツールを導入している企業は多いですが、社員に浸透しなければ、いくらツールを導入しても意味がありません。
そこで重要なのが、企業文化の醸成です。企業文化とは大まかに言うと、組織のメンバーが共有している考え方や行動のやり方に関する期待です。それらを意図的に作ることが、イノベーションを創出するうえで非常に重要となります。
企業文化は勝手に湧き出てはこない。戦略的に作るものである
──TMSをより機能させるためには、企業文化の醸成が必要であるということですね。
そうです。『両利きの経営』にも詳しく書いていますが、日本ではなぜか今でも「企業文化が勝手に湧いてくるもの」だと考えている企業や経営者が多いんです。しかし、文化は戦略。勝手に湧いてくるのではなく、意図的につくるものです。
なので、例えば「TMSはうちの文化にあってないし……」と諦めようとしているならば、それは間違いです。諦めるのではなく、TMSが機能するような文化を醸成する必要があります。
──文化は戦略。
戦略的な文化醸成でいうと、株式会社サイバーエージェント(以下、サイバーエージェント)の事例がわかりやすいと思います。彼らは、「変化を常態化する」という企業文化の浸透が最も重要だと考え、常に戦略的に、意図的に企業文化を醸成しています。パーパスの制定や発信、評価制度や育成制度などですね。
なので、働く人たちも「会社から変化することを期待されている」と認識している。組織内のあちこちでイノベーションが生まれても、社員は困惑することなく、適応しています。
社内報は読まれなければ意味がない
──どれだけ企業文化の醸成に向き合えるかが、これからの日本企業の課題となりそうですね。企業文化を意図的に醸成させる方法はいくつかあると思いますが、先ほど入山先生がおっしゃられていた「戦略的な社内広報」も1つの方法なのでしょうか。
まさに、戦略的な社内広報が企業文化を意図的に醸成させる1つの方法ですね。ourlyさんが取り組まれているWeb社内報も有効な手段だと思います。
──つまり、TMSを機能させること、企業文化を醸成させること、戦略的に社内広報をすることはすべてイノベーションに結びついているということですね。では、社内報の運用で重要なことについて、入山先生の見解を教えてください。
社内報の運用で重要なことはただ1つ、見られないと意味がないということですね。どれだけ頑張って発信をしても、社員が読んでいなければその社内報に価値はありません。社内報を読んでもらえない原因の1つに、目的が明確でないことが考えられると思います。
社内報は読まれなければ意味がありませんが、読まれることが目的ではありませんよね。読まれた結果、従業員にどのような影響を及ぼすのか?それは従業員のどんな行動変化を生み出すのか?その行動の集積が企業文化ですから、自社の理想とする企業文化のゴールを明確にしたうえで、そこに到達できるような社内報発信をする必要があります。
それでも読まれないのであれば手を替え品を替え、別の発信手法を試していくことが重要です。一方で、企業として伝えるべきことは伝え続ける必要があります。
社内報を含めた社内広報を戦略的に実施し、企業文化を根付かせ、社内にゆるい繋がりが生まれれば、自ずとイノベーションは創出されます。そのような企業が増えていけば、社会はもっともっと良くなっていくはずです。日本企業からたくさんのイノベーションが創出されることを期待しています。