日本企業のブランドは弱い?中小企業にこそ勝機ある「ブランドマネジメント」のカギ
2022年に刊行された書籍『超実践!ブランドマネジメント入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、企業のブランディングを単なるマーケティング・プロモーション活動の一環で終わらせるのではなく、自社の宝を見いだし、経営に活かすためのノウハウがステップごとにまとめられています。
今回はこの書籍の著者、愛知東邦大学経営学部教授の上條憲二さんにインタビュー。「中小企業こそブランドマネジメントは進めやすく、効果も出やすい」と語る上條さんに、ブランドマネジメントとは何か、なぜ中小企業こそ効果が出やすいのか伺いました。
企業の発信とステークホルダーのイメージが一致して「ブランド」になる
──最初に、そもそもブランドとは何でしょうか。
ブランドとは、人の頭の中にあるイメージのことです。ロゴマークを見ると、その企業のことを思い出しますよね。思い出されること自体がブランドです。
例えばA社のロゴマークをテレビで見たとします。すると人は「A社ってこんな会社だよね」「こういう製品を作っているよね」「A社の製品はこうだよね」と、A社に関するさまざまな評判を思い出します。この思い出された評判がブランドなのです。
ブランドとは、決して工場や店舗で作られるものではありません。ブランドは、顧客だけでなく取引先や株主、従業員、地域社会、行政機関などステークホルダーすべての頭の中に創られるものです。
──ではブランドは、どのようにして人の頭の中に創られていくのでしょうか。
ひと言で表すと、企業とステークホルダーとの接点を通じて創られていきます。接点とは、商品やサービス、それらの品質、店舗、営業、宣伝、広告、デザイン、IR、CSR、社員の人柄、経営者の様子など、ステークホルダーが接するすべてです。
このような接点のことをブランドタッチポイントと呼びます。ブランドタッチポイントに接するたびに、ステークホルダーは頭の中に企業のイメージを蓄積していきます。それがブランドとなるのです。
いくら企業が「当社はこういう企業です」と言っても、それはブランドにはなりません。企業が提供する接点を通して、ステークホルダーの頭の中にイメージが創られる。そこで初めてブランドとなります。このようにブランドを創ることを、ブランドマネジメントと言います。
ブランドとは「らしさ」
──ブランドマネジメント。
ブランドマネジメントと聞くと、多くの方が「ブランドをマネジメントする、ブランドを管理する」ことを想像するかもしれません。ですが私の言うブランドマネジメントは、「ブランドでマネジメントする」こと。つまりブランドを企業活動すべての土台と捉えています。
ここまで「ブランド」という言葉を使ってきましたが、この言葉自体が抽象的で分かりにくいのではないでしょうか。「ブランド」を日本語で分かりやすく言い換えてみると、「らしさ」が最も適切だと思います。
──「らしさ」と言われると、分かりやすいですね。
「この製品はA社らしいよね」「A社っぽいデザインだよね」と、ステークホルダーが「A社らしさ」としてイメージすることが、A社のブランドということです。
A社が「こういう企業です」「こういう活動をしていきます」「こういう社会をつくっていきます」という意図を、従業員が理解しブランドタッチポイントを通じて具体的な活動を行う。その活動に触れたステークホルダーの頭の中に「A社らしさ」として「貯金」されていくと、強いブランドとなるのです。
ただ、残念ながら日本では、企業の意図・社員の認識・ブランドタッチポイントでの具体的活動・その結果としてのステークホルダーが抱くイメージが一致していない企業が多いですね。強いブランドをつくるためには一貫性が大事です。ちなみに意図とは、理念やパーパス、ブランドコンセプト、ブランドバリューなど、さまざまな言葉に言い換えることができます。簡単に言うと、企業の約束ですね。
日本企業の多くは、〇〇があいまい
──なぜ日本企業には、企業の意図・社員・ブランドタッチポイント・ステークホルダーが抱くイメージの一貫性が希薄なのでしょうか。
いくつかの原因がありますが、1つは企業が約束として言っていることがあやふやで、どの企業でも言えそうな言葉でまとめられていることが挙げられます。そのためトップから従業員へ、企業の約束が上手く伝わらなかったり、結局現場で何をしたらいいのか分からなくなったりして、弱いブランドになってしまうのです。
反対に上手くいっている企業では、企業の約束が文化になっています。そのような企業の現場では「これって、うちらしい?」という問いが日常的に飛び交っています。「うちらしく」するにはどうしたらいいのかを、どの現場でも議論するときに当たり前に考えている。企業の約束が、従業員の活動の基準になっているのです。
──企業の約束が文化になるには、かなり時間がかかりそうですが……。
その通りです。企業の約束が文化になるということは、その約束に基づいた考え方が癖になるということですから、そう簡単ではありません。
そして文化にしていくには、インナーコミュニケーションが非常に重要です。従業員同士がお互いに知り合い、意見をぶつけ合える環境をつくる。上下関係や男女の区別、エリアなど関係なく、社内の人たちが情報をコミュニケーションしあう基盤が不可欠。ブランドの前では平等なのです。
時間はかかりますが、その土壌が作られれば「らしさ」を考えられるようになり「うちらしい」考え方が癖になっていきます。
中小企業こそ、ブランドマネジメントは進めやすい
──つまり、インナーコミュニケーションがあって初めて、ブランドマネジメントができるようになるのですか。
そうですね。インナーコミュニケーションがないと、耕されていない硬い土壌に種をまくのと同じです。いくら上から「らしさ」の種を蒔いたとしても芽が出ません。反対に、インナーコミュニケーションで組織の土壌を耕すことができれば、キャッチコピーや広告、ロゴマークに多額の費用をかける必要はありません。
──そう言われると、ブランドを遠い存在に感じていた企業にとって、ブランドマネジメントに対するハードルが下がりそうですね。
日本企業の99.7%を占める中小企業こそブランドマネジメントはしやすく、効果も出やすいです。中小企業は社長と従業員の距離が近いですし、従業員数も多くて数百人ですから。決して大企業しかできないものではないのです。
──しかし中小企業の中には、ブランドマネジメントをしようという機運は、まだあまりない気がしますが……。
そうですね。「ブランド」という言葉が独り歩きしすぎて、大企業しか創れないものという印象が強すぎるのでしょう。しかし「社内のコミュニケーションを活性化して『らしさ』を創る」と言ったら、もっと身近な印象になるのではないでしょうか。
ただし、ブランドマネジメントを始めるきっかけは必要です。創立何周年など何でもいいと思いますが、きっかけがあると社内の機運をつくりやすくなります。スタートアップ企業の創業時は絶好のタイミングですね。
ブランドマネジメントは社員を健康にする
──ブランドマネジメントは、インナーコミュニケーションを活性化して「らしさ」を創ること、と言われれば、取り組んでみようと思う企業が増えるかもしれません。
「らしさ」が確立されると、人を惹きつけられるようになります。顧客はもちろんですが、従業員も同様です。「この会社にいてよかった」と思う従業員が増えるのです。
最近の研究では、ブランドコンセプトに共感すると生きがいや働きがいが生まれウェルビーイングな状態になる、つまり働いている企業のブランドコンセプトに共感すればするほど従業員が健康になると、明らかにされています。
出典:上條 憲二 著「超実践!ブランドマネジメント入門」(ディスカヴァー・トゥエンティワン,2022)P331~P335
「ブランドでマネジメントする」ことは、時間はかかりますが、決して大企業しかできないことではありません。むしろ中小企業の方がやりやすいのです。ですからインナーコミュニケーションを活性化して「らしさ」を創り、強いブランドの日本企業も増えていくことを願います。
Interview / Write:Etsu Kitamori
Edit:Sachi Kagayama
Design:Akari Iguchi